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一年後の夏、正午

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冷房のきいた丸窓の電車を降りると全身がぬるい空気に包まれる。
 反射的に「あちぃ」と呟いたが、今朝までいた東京と比べたらずいぶん居やすい。
 改札に向かう途中で携帯が鳴り、見ると甥っ子からの「駅についた」というメールだった。
 監視でもしていたかのようなタイミングだが、バイクで迎えに来た男の額が汗できらめいていたのを見ると、早めに到着して電車がホームに入るのを待っていたのかもしれない。
 この男は時々そうやって意味のなさそうな演出をするところがある。元から気のある女ならばうっとりすることもあるかもしれないが、生憎彼がそういうマメさを見せるのは気の持ちようのない相手ばかりだった。

 日陰を出た瞬間、日差しに負けた侘助は片手で庇を作った。
 目を細めて少し視線をさ迷わせるとすぐに見慣れたサイドカー付きのバイクが見える。それに跨った男、陣内理一が片手を上げた。
「お前、相変わらず荷物が少ないな。」
 サイドカーに乗り込んで悠々前髪を掻き上げるとヘルメットを渡される。
 見るからに頭が蒸されそうで渋い顔をしたが、侘助は素直にそれを受け取った。
 顎でベルトを留めるのを待って走り出す。
 露出した肌を撫でる風に駅前の定食屋から漏れる匂いが混じっていて空腹を思い出した。
「みんなもう揃ってるのか」
「今年は予定外のトラブルは何もなかったからな、お前が最後だよ。」
 意地の悪い言い方にへそを曲げて黙れば理一が笑うので侘助は余計に不機嫌になった。
 去年は、侘助の作ったハッキングA.I、ラブマシーンが暴れまわったおかげで、理一の従兄弟達は空通報のために町中を駆けずり回った。遠方から上田市を目指していた従姉妹は信号やナビの誤動作による渋滞に捕まった。
 この一件の責任はラブマシーンをネット上に放った米国防総省にあるとされ、侘助は参考人として出頭したきり罪には問われなかった、が。
 あれから一年、一躍有名人となった侘助と自衛隊に所属し事件の収束に一役買った理一の二人はラブマシーンの荒らしまわった仮想世界OZの復旧や様々な機関の要請でセキュリティ強化に携わった。
 特に侘助は騒動の原因を作った米国と騒動の中心となった日本以外の国からも声がかかり忙殺された。仕事のついでに理一が顔を合わせる度に痩せこけていくのでさすがの理一も心配になり、少しは仕事を減らせないのかと言ったことがある。
 しかし、罪滅ぼしのつもりか身を削るように働き続け、先週いきなり連絡を寄越したかと思えば「しばらく休みをとって帰る」と言うので、家と侘助との連絡役となっていた理一が駅まで迎にやってきたのだ。
「母さんも叔父さん達もみんな『侘助はまだ着かないのか』『そろそろ駅に着くんじゃないか』ってせっつくんでちょっと早めに出てきたんだ。」
 理一がメールを寄越すより早くに駅に着いていたのだろうという予想は当たっていたようだ。
 言っても適当な理由をつけてはぐらかされそうなので指摘はしない。
 懐かしいようでいて見慣れぬ建物が増えた景色を眺める。
 何もない田舎だが、自販機が設置されたりコンビニが建ったり、記憶と比べると随分賑やかになったものだ。
 いつの間にか、きっとこの十年の間に設置された信号に引っ掛かったところで侘助が言った。
「そこ、寄ってくれよ」
 赤信号の向こうには道の駅の看板が見える。
「みんな待ってるって言った矢先に何だ」
 理一がサイドカーを見下ろすと侘助がポケットから出した煙草の箱を振って見せた。
「一本だけだぞ。」

「一本だけ」と釘を刺さすまでもなかった。
 夏休みで客の多い道の駅に入り、家族から離れてきた父親らしい男性とツーリング客ひしめく狭い喫煙所に二人割り込み、約束の一本をくわえた侘助にせびったら箱ごと渡された。逆さに振ると一本吐き出したっきりで空箱となった。
 理一はやはり侘助の百円ライターで火をつけ馴れた仕草で煙を吐き出す。
 それを侘助は物珍しく眺めた。
「煙草なんか吸うんだな。」
「昔ちょっとな。普段は吸わないよ。」
 昔がいつ頃のことを指しているのか分からなかったが、離れて暮らした十年間のことではないように思えた。
 高校卒業まで同窓生だったがお互いに知らない部分は多い。
「今年も健二くんは来てるのか?」
「ああ、また夏希と一緒に来て早速みんなにつれ回されてるよ。」
「ガキどもが随分となついてたらしいしな。」
「子供より大人に気に入られてるんだ。姉さん達はアレ食べろコレ食べろだし、佳主馬は普段からOZでも連絡を取り合ってるくせにべったりだしな。せっかくの夏休みなのに健二くんが引っ張りだこで夏希がちょっと拗ねてる。」
 夏希は春から大学生になった。
 高校卒業までは毎日のように健二と顔を会わせられたのがそうもいかなくなり、この夏休みは楽しみにしていたらしい。しかし、他の家族達もまた将来の婿殿をいたく気に入っていて会えるのを楽しみにしていた。
 聞けば冬にも上田へ来ないかと誘って断られたのだそうだ。
 侘助のところへはお節を送ろうかという連絡がきたきりである。それは忙しいのを承知しているからと分かっているが、些か妬ましく思えないこともない。
「それから彼が来てるんだ、ほら、去年東京からサポートしてくれた…」
「ああ、あの眼鏡の。」
 煙で白く濁った宙を見上げてモニター越しに見た少年の顔を思い出す。
「佐久間くん。」
 そうだ、そんな名前だった。
「万助叔父さんが夏希に彼も連れてこいって言ったんだ。佐久間くんに侘助も来るって伝えたら会いたがってた。」
「へえ。ラブマシーン捕獲のための仕掛けを作った子だろ。俺も興味がある。」
 落ち着いて話が出来る相手だといい。他の連中はうるさくてかなわない。
「そう言うな。母さん、侘助の好物だからってぜんまいを沢山煮てるんだぞ。」
「はぁ?」
 片眉を上げて先に煙草を灰皿に放った理一を見る。
「ぜんまいが好きって俺がいつ言った。」
「昔はよく食べてたじゃないか。」
「ほんのガキの頃の話だろうが。」
「何十年前だろうと一度好きだと言ったら母さんは食べさせようとする。諦めろ。俺だって祝い事の度にかっぱ巻きが出てくる。」
 台所に立つ万里子を想像して深く煙を吐き出し、そのまま煙草をもみ消した。
「ビールも沢山冷やしてあるからな。姉ちゃん、去年よりいっぱい発注したってさ。」
 やることが似てるだろ?と理一が笑う。
 侘助は見せつけるようなため息を足下に落としながら後頭部を掻いた。

 喫煙所を出ると近くで蝉が鳴き始めた。
 売店中でランニングシャツ姿の子供が駆け回って母親に叱られたり、老夫婦が案内板を指差して何かを話している。
 賑やかな施設の前を横切り駐輪場へ向かう途中、理一が足を止めた。
「新しいの買ってくか、煙草。」
「いや、いい。赤ん坊いるんだろ。」
 去年会ったときに聖美が大きな腹をしていた。
「へえ、覚えてたのか。」
 周りの誰にも関心がなさそうにしていたくせに。
「なんだよ。」
「いいや、じゃあ家に帰るか。」
 バイクに戻って走り出すと、今度はラーメン屋からの匂いが腹を刺激する。
「腹が減ったな。」
「すぐ着くさ。たらふくぜんまいが食えるぞ。」
「けっ」
作品名:一年後の夏、正午 作家名:3丁目