ことばは三角
親友と三角関係中、もちろん、わたし以外の女の子とね。まるで歌うように話す彼女の言葉を、臨也は窓辺に立って聞いていた。窓ガラスへ光が反射して映り込む彼女の姿は、こちらをまっすぐに見つめゆるく微笑んでいる。へえ、そうなんだ。彼はそう相づちをうち、ガラス越しではなくきちんと振り向き彼女と視線を合わせる。でも、知っているんだろう?同じく歌うように臨也は言う。彼が君を選ばないという、そんな馬鹿げた事実は存在しないって。それを聞き、くすくすと彼女は楽しそうに笑い、もちろん、と言葉を返す。だって、それを教えてくれたのは臨也さんじゃないですか。臨也は目を細め、そうだったね、と優しく微笑んでみせるけれど、頭の中では、はてそんなことを言っただろうか、と小さな疑問がひとつ浮いてはぱちんと消えてた。
「それじゃあ、君は悲しくはなかったんだね」
「その方が良かったですか?」
少しだけ不安そうに、彼女は問う。そんなことはないよ、と臨也は訂正し、うーん、と肩をすくめてみせる。
「ちょっと言い方を変えようか。君は、それを聞いて、紀田くんに何て返したの?」
「わたしを入れたら四角関係だよ、って」
へえ、と臨也は驚いてみせる。面白いね、と続くそれは本心であった。彼は人間に対してはいつだって素直であるし、貪欲だ。人間が、人間という対象物のままで存在していたらなあ、と彼は常に思っているのだけれど、そうではないから彼は人間を愛している、という事実も同時に存在している。失望したり、呆れたり、そういう対象もいるからこその愛おしさだ。
臨也は目の前の彼女へと歩み寄る。うふふ、と褒められた子どものように笑う彼女は、それから、背筋をしゃん、と伸ばし、こほん、と咳をわざとらしくひとつ。おや、とそれに気付き足を止める臨也を前に、沙樹はうたを口ずさみはじめる。
「さよなら三角、またきて四角」
ここで呼吸を置き、彼女は彼に問いかける。続き、知ってます?ええと、と臨也は記憶を辿るふりをする。
「まあるい涙よとんでゆけ、だっけ?」
「はずれー。それ、ぜったい何かと混ざってますよ、臨也さん」
以外と知らない人多いんですよね。そう笑う彼女の言葉を適当に受け流し、ああ、そういえば、と彼は再び歩き始める。
「俺を入れたら五角関係になっちゃうね、それ」
にっこり、と首をかしげて笑う彼の言葉を聞き、沙樹はほんのりと頬を赤く染める。やだ、臨也さんったら。俯く彼女の、形のいい頭部を間近に見降ろす。ああ、人ってなんて、と臨也は心の中で感嘆し、けれど彼女には、冗談だよ、と耳元で甘く囁いてみせるのだ。
「三角、四角、五角、六角・・そうやって人の数が増えてゆき、次第には大きな丸になる。人同士が仲良く手を取り合って、助け合い、協力し合い、世界の中で生きてゆく。そう、人間はひとりきりでは生きてゆけない。俺はね、人間のそういうところがとても、」
「いとおしい、?」
愛おしいんだ。そう続くはずであった彼の言葉を、彼女は既に知っていた。彼女の耳元に口を寄せていたせいで、くるり、と横を向いた彼女と鼻の先がぶつかりそうになる。まっすぐにこちらを見つめる彼女の目は、数年前と何も変わっていない。けれど、この先はどうだろうか。彼はいくつかの未来を思い描きながら、彼女の瞼にキスを落としながら言う。
「そう。愛しているよ」
そうして、曲げていた体を起こし、彼女の短い髪へと手を伸ばす。くしゃりくしゃり、と耳元のそれに触れていると、彼女は自分の手のひらを臨也の手へ重ねた。
「わたし、臨也さんと出会って、人間で良かったって心から思う」
うっとりと瞳を閉じて沙樹は言う。臨也はまるでかみさまのように微笑み、俺も君が人間で心から嬉しいよ、ともう片方のそれへ再びキスを落とす。