嘘つきの言葉
「最後のこれ、終わったわ」
波江は的確に処理した書類を封筒に入れ、彼女の雇い主に渡す。
「ご苦労さん。こっちも一段落した所だしコーヒーでも淹れてくんない?」
雇い主――折原臨也は封筒を確認することもなく抽斗の中に仕舞ってこちらに笑いかけた。
彼の物言いに微かな苛立ちを覚えつつもコーヒーを二人分用意する。
「それより今日はエイプリルフールだけど、波江はもう嘘吐いた」
「エイプリルフールだからって嘘を吐く必要も感じないし嘘を吐く相手もいないわ」
そもそも今日はずっとここで仕事をしていたのだから嘘を吐く相手といったら目の前にいるこの男だけ。ただし彼女には全くその気はない。
「イベント事を楽しむって大事なことだと思うけどなあ」
「あなたはエイプリルフールじゃなくても嘘ばかりでしょう?」
「そんなことないんだけどなあ」
深く椅子に埋もれるようにして臨也は目を閉じる。数秒後、何か面白いことを思いついたというよに目を輝かせて波江に向かってはっきりと告げた。
「愛してるよ。波江」
にやにやとした笑顔を一瞥して彼女は答えた。
「そうね。あなたは人を愛してやまないんですものね」
「君個人を特別に愛してると言ったら?」
波江は深く溜息を吐いた。
「私も嘘を吐くわ」
それから冷たい眼差しを臨也に向けた。
「愛しているわ」
それを聞いて臨也は面白くなさそうな表情で立ち上がった、
「よし。エイプリルフールの儀式終了。――俺ちょっと出かけてくるから後よろしく」
「行ってらっしゃい」
波江はそう言うとコーヒーカップを片付けた。
『愛してるよ。波江』
『君個人を特別に愛してると言ったら?』
『私も嘘を吐くわ』
『愛しているわ』
果たして嘘だったのはどの言葉だったのだろうか。彼も彼女も今はまだ、わかりはしない。