私の好きなあなた
彼は私に自分のどこが好きなのか問うた。正直その質問に答えるのは難しい。私は初め彼を好きになるよう臨也さんに言われたから、だから好きになったのだ。けれど、少しずつ本当に惹かれていくことに気がついた。
初めてだった。臨也さん以外の誰かをこんな風に信用して、好きになることが。臨也さんに対しても感じたことのないような愛おしい気持ちを持ったのも。
だから、出来る限り正直に――けれど彼にはきっと伝わらないのだろう――答えた。
可愛いからかな、という言葉に彼は苦笑した。
冗談だと思われたかもしれない。でも紛れもない本心だ。
彼はかっこいい。中学生なのにたくさんの人をまとめているとことか人当たりのいいところとかふと見た横顔とか素直でまっすぐなところとか、すごくかっこいいと思う。でも同時にそんな自分に不安を覚えている彼は可愛くて、そして愛おしい。
聞きたくないのに臨也さんのことをわざわざ聞く弱さと「欠点なら、直せよ」と言う強さ。そのどちらも私の紀田正臣なのだ。
「正臣は黄巾賊続けていくの?」
「さあな」
臨也さんの事務所を出て2人で歩いていた。正臣はブルースクエアについての情報を得るたびに少しずつ臨也さんのことを信頼し始めている。それは私にとっても嬉しい。
「別に始めたくて始めたチームじゃねーし」
「でも今は正臣の『居場所』でしょ」
彼はハッとしたように少し顔を強張らせてから軽口を叩くみたいに言った。
「沙樹ははっきりものを言うねえ」
それは自覚している欠点の1つだった。けれど彼がそんな自分の欠点を受け入れてくれていることを知っていたからあえて言うのだと思う。
「私も一緒だから」
「え?」
「私も『居場所』ずっと探してたから」
彼の手を取ると戸惑いが伝わってきた。けれどすぐに彼は強く私の手を握り返してくれた。とても温かかった。
私が臨也さんという『居場所』を見つける前に正臣と出会っていたら何か変わっていたのかもしれない。正臣が私の『居場所』になってくれたかもしれない。
でももう遅い。臨也さんに言われた通りに出かけた。この後自分がどんな目に会うのかも、正臣がどんなに傷つくかもわかってる。それでも私は臨也さんの言いなりになるしかない。
「だって弱いもの。自分の力で生きていけないもの私」
小さな呟きはきっと誰も聞いていない。
私と正臣はよく似ている。寂しがり屋で、自分のいてもいい場所をずっと探してる。明るく振る舞っているのに心の奥底ではずっと誰かを――何かを求めている。
違うのは……私は自分が存在していていい『居場所』を自分で作る強さなんてなかった。救いだしてくれた人をただ無条件に信じ続けるしかなかった。
もしも私がもうちょっとだけ強かったならきっとこんなことにはならなかったかもね。
店のショーウィンドウからちらりと外を見る。青い布をはためかせた2人の男が目に入る。
「女1人だからってあんな目立つところに……馬鹿みたい」
何も買わずに店を出た。これから行く場所はブルースクウェアの溜まり場。
怖いなんて思わない。ただ、彼に申し訳なくて少しだけ泣きたい。
私の好きなあなた。どうか私を迎えにこないでね。
(私にそんな価値なんてないもの)