彼女の真実
入学式、名簿の名前
漢字が間違っていて、もうどうでも良くなった
再会した幼なじみに紹介された男は最初っから気にくわなくて、もう高校生活に抱いていた夢だとか希望だとか、そういうキラキラしたものは儚く消えた気がした
そしてそれは気のせいなんかじゃなくて、次の日から訳のわからない理由で難癖を付けに上級生だとか他校生だとかがやって来るようになったのだ
もう、ただただ悲しくて哀しくて、俺は普通に平穏に暮らしたかっただけなのに
なんだってこうなんだろう
普通の女の子は、つーか人間はサッカーゴールも道路標識も投げらんないし曲げたりなんか出来ない
きっとこんなに簡単にイライラしてキレたりなんかしない
彼女の真実
「着るの?」
「うわぁ!!」
突然の問いかけに、静緒は悲鳴を上げた
いくらぼんやりしていたと言っても、ちょっと大袈裟だ
それでもばくばくと心臓はうるさい
振り返った先には弟の幽が居た
幽は静緒の隣に腰を下ろすと、先の悲鳴など気にする風もなく、同じ問いを投げかけた
「着るの?」
「…着ない」
静緒の目の前には女子用の制服が広げられている
届いたその日に試着して、あんまり似合わなくて自分でクローゼットに押し込んだ制服だ
入学してからはやふた月
未だ日の目を見ることはない
静緒は入学してからずっと、似合わないという理由で男子用の制服を着ている
今後も、女子用の制服を着る予定はない
ないのだ
だが今、静緒の目の前には女子用ブレザーが広げられている
「着たら良いのに。きっと似合うよ」
「似合わなかったよ」
幽は静緒のブレザーを眺めてぽつりとそう呟くが、静緒にはそうは思えない
初めて袖を通し、どきどきしながら姿見に映した自分の姿はどうしたって女装にしか見えなかった
逆に、男子用ブレザーを着込んだ今の格好に違和感はなく馴染んで見えた
だから、不思議だったのだ
「なんで、俺なんだ…」
ことりとテーブルに頭を落として静緒は小さく呟いた
数日前、静緒はクラスメートの門田に告白された
生理痛がひどくて、屋上で丸まっていた時だ
門田は良い奴だ
化け物みたいな自分にも、普通に接してくれる
あの時も、慌てた様子で化け物の自分を心配して声をかけてくれたんだっけ
心配そうに尋ねてくる幽の姿が、あの日の門田に重なって静緒の心は沈んだ
「何かあった?」
「…ないよ」
「うそ。悩むくらいなら言ってよ。俺は姉さんの味方だよ」
「別にいじめとか嫌がらせだとかじゃねえよ」
「じゃあ、好きな人でも出来た?」
バキン。
幽の言葉に、テーブルの端が欠けた
「かかかかかかかすか!?」
「姉さん、落ち着いて」
がばりと体を起こした姉を幽は淡々と宥めた
静緒の両頬は林檎よりも赤く染まっている
「良かったね」
「ちちち違う…!」
「じゃあ告白でもされた?」
ごぎゃん!
今度はテーブルは真っ二つに割れた
「かかかかすか、ななななんで…っ」
「良かったね」
動揺する静緒を尻目に、幽は淡々と姉を祝福した
余り変わらない表情がうっすらと喜色を浮かべているのを見つけて、静緒は悲しくなった
「姉さん?」
「でも、駄目だ。もう嫌いになってる」
「どうして?」
「だって、俺…門田のこと殴っちまった」
そうなのだ
静緒はあの後、門田を思い切り殴りつけたのである
びっくりして、どうしたら良いのかわからなくて
好きだと言ってくれた門田に向かって渾身の左ストレートを繰り出してしまったのだ
まぁ、利き手じゃなかっただけ良かったのかもしれない
それでも、化け物の攻撃である
もうきっと、門田は静緒を恐れるはずだ
今までのように普通に接してくれることもないだろう
そう思うと静緒の心は鉛のように沈んだ
「姉さんは、カドタさんが好きなの?」
「…わかんねぇ」
「そっか」
静緒は膝を抱えて俯いた
門田は良い奴だ
たった2ヶ月の付き合いだけど、それは確かだ
だけど、恋愛対象として見たことはなかった
恋愛なんて、自分とは縁のないことだと思っていたのだ
「カドタさんは良い人?」
「ああ」
「じゃあ、大丈夫だよ」
不意に尋ねられた幽の言葉に静緒は頷いた
すると、幽は大丈夫と自信満々に頷いて見せた
「姉さんが良い人だって思うんならよっぽどだと思うよ。姉さん、人を見る目は確かだから」
「そうかな」
「それに、たかが一度ぶたれたくらいで嫌いになるような人に姉さんはあげたくないよ」
「…なんだそれ」
あんまり真面目に幽が言うものだから、静緒はへにゃりと顔を綻ばせた
「カドタさんのことも、制服もゆっくり考えたら良いと思う」
「そっか…そうだな」
「それから」
「ん?」
「母さんが取り寄せたプリンが届いたから下りて来いって」
「おまえ!それを先に言えよ!!」
プリンの声に勢いよく駆け出した姉に、幽はこそりと微笑む
衣替えの頃には、姉のスカート姿が見れたらいいなぁと思った
end
作品名:彼女の真実 作家名:Shina(科水でした)