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【あぶかむ】神威と阿伏兎の話

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利害が一致しなければ人間関係は成り立たない。そう考えていた頃の阿伏兎はまだ彼と同じくらいに若く、何も知らなかった。年月や経験が人の考え方や生き方を簡単に曲げるのなら、いつか夜兎の象徴のような彼の姿もねじ曲げてしまうんだろうか。

「俺はね。息をしてたいだけなんだ」

神威が言った。
部屋の隅に寄せられた寝台のその更に隅で膝を抱えて、まるで空気の中へぽつんと捨てるような声音で、神威がそう言った。寝台のそばに置いてある椅子へ腰掛けて傘の手入れをしていた阿伏兎は、やれやれと首を竦める。

神威が抱いた膝の上に額を乗せた姿は子供がふてくされているようにも見えたが、恐らくそうではない。何かを懸命に押さえ殺しているような、あるいは反対に自分の内の深いところへ逃げてしまった「何か」を潜り込んで探しているような、そういう儀式のように阿伏兎の目には映った。先ほどから神威のその細身の体に戦意が流れ、静まり、思い出したように燻っては火が消えて、そういうのをずっと繰り返している。
ひたすらに、繰り返しているのだった。

「難儀なことだな、あんたも」

声をかけると顔を上げた。
笑っている。こちらをゆっくりと見上げるまなざしは、その走り抜ける戦意とは裏腹に驚くほど穏やかだ。

いつだって、神威はバランスが悪い。裏腹とギャップと愛憎と、そういうもので作られた成り立ちの上に闘争心で色を塗った心が乗っかって手が付けられない。(しかし我々が彼にその気高いままであり続けてほしいと望むのもまた事実なので、どうしようもない。)

伝説の星海坊主と夜王鳳仙と、夜兎の頂ふたつがどんなに手塩にかけたって、結局神威の中へ均衡を作ることは適わなかったのだ。いくらなんだって、阿伏兎ひとりに丸々お目付け役を任されるのは荷が重過ぎる。だからこうやって神威が揺らいだときは、周り全部を巻き込んで引っ繰り返ってしまわないように、どうにか舵を取るしか方法がなかった。

「難儀? 俺とおんなじ夜兎なのに、一週間も戦場の匂いにさわらなくてじっとしていられる阿伏兎の方が不思議だよ」
「おいおい、俺はもうそれなりの年なんだがな。毎日やることしか考えてない年頃と同じ感覚で考えられちゃ困る」
「……戦わなくても生きていられる?」
「あんたほどじゃないさ。毎日戦わなくても、まあ、すぐに死にやしないね。生きてはいけんがな」
「俺は死んじゃう」

そうやってまた、ぎゅうっと顔を埋めてしまうのだ。

神威は夜兎として生まれついて、戦いを求めるのに応えられる存在が殆どいない。力の行方が何処にもない。それに、戦争も。

自分より強い存在など数えればどこかに幾ばくもいる阿伏兎にはそれが理解できないが、神威のそれは恐るべき孤独なのだろうと思った。力を注いで戦うことが出来なくなることを想像すると、確かにそれは呼吸さえも奪うような潰れた世界だ。こちらが力を投げかけて、悲鳴と死以外何も返ってこない。それは夜兎にとって会話すら出来ないことと同じで、生きていないことと同じだった。

拮抗はうつくしい。
阿伏兎が抱いてやったら、子供はあるいは満足するのだろう。乳を欲しがってなく子供に砂糖水を舐めさせてやるのとおんなじで。
(それが意味がねえかどうかは、団長が決めることだ。大人しく、「役目」に準じるとしますかね)

神威は手に余る。「阿伏兎は、師団の中では俺の次に力がある」とされた所為で、それなりに気に入られてしまっていることも含めて全てが手に余る。

ただし抱いてみるとこちらの色欲を煌々と煽ることも知っているので、それは悪くなかった。

どうせなら、利害は一致した方が、当たり前にいい。そばに寄ってそう言ったら、殆ど戦意のように青い目が向けられてまばたく。

「なんでもいいから発散したい俺と、性欲を発散したい阿伏兎の利害ってこと?」
「なんでもいいから発散したい団長様と、アンタを抱きてえ俺の利害ってことだよ」
「……、そう」

くちびるを合わせて舌をねじ込んだら、薄い舌が上手に絡んできてまるで離すまいとでもするようだった。戦いばかりを望む手の付けられない子供、暴君、しかし、なんと夜兎が憧憬するにふさわしい生き方をするのだろう。

神威の生き方は、夜兎としてあまりにも正しかった。もしも彼を満たすような戦争の種がこの世に転がっているなら、それを揺り起こし、世界のひとつやふたつ滅んだって構わないと思わせるほどに、正しく、美しかったのである。