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所謂『ダークエンペラーズ』つまりアレみたいな
人の肖像権を無視した存在ってのは、俺と半田以外にもいる。
というか、11人全員いる。
それぞれ『ベースになった』人間の所に送り込まれているらしい。
それに関しては親和性がどうの、学習速度がどうの、
みたいな話を吉良グループの人間にされたけど、
つまりは『お前等で面倒見てくれると手間が省けて楽』ってことなんだろうと思う。
最後まで勝手な話だ。
それでも、拒否することもできたのに、
俺を含めて全員がこいつらを傍らに置くことを選んだのは少し驚いた。
自分の知らないところで自分と同じ顔をしたものが
好き勝手動いてるってことが不安だった、っていうのもあるけど、
それだけじゃない何かもある。少なくても俺には。多分、皆も。


「しかし四六時中一緒っていうのは思った以上にきついな……」

俺の呟きに隣を歩いていた松野がからからと明るい笑い声をあげた。
職員室でたまたま一緒になったのだ。
今、二人の手の中にはクラス全員のノートと問題集がある。
数学教諭の笹島先生は良い先生なのだが、日直使いが荒いのが玉に瑕だ。

「風丸は過保護すぎるんだよーずっと眉間にしわ寄せて見張ってたら疲れるって」
「好きでやってるんじゃないさ。放っとくと何されるかわからないんだぞ？しかも俺の顔でだぞ？」
「まあ、そりゃそうだけど、ドヤだってそんな素っ頓狂なことしないでしょ。一応生活に困らない一般常識はあるわけだし」

ドヤっていうのは松野があいつにつけたあだ名だ。
『こっちの風丸ってすぐにどや！って顔するよねー』
っていうのが理由らしい。
不本意だ。同じ顔の人間として。
しかし俺が嫌だというのも何か妙で、結局微妙に定着しつつある。

「卵焼き知らない奴を信用できるか。知識ってのは知ってるか知らないかじゃない。活かすか活かさないかだ」

俺がため息をつくと、松野はまた明るい笑い声をあげて
心配性だなあなんて軽く言う。
人の気も知らないで、と唇を引き結んで廊下を曲がった時だった。

「ああ、クウ、いたいた」
「あー」

階段の上から静かな足取りで近づいてきたのは松野にそっくりな、
でも全然雰囲気の違う『松野』だった。
アレや『半田』と同じだ。
よく似ているけれど、立ち振る舞いや話し方が静かで、
目つきもどこか気怠げだから見分けは簡単につく。

「どしたの？」
「シンたちから伝言。先に部室に行ってるから部誌取ってきて、ってさ」
「あ！今日の当番俺と半田だっけ？わーしまっためんどくさい。さっき取ってくるんだった」

顔をしかめた松野に、『松野』はぱち、と眠たそうに目を瞬いて、

「それ、持ってこうか？」
「いいの？」
「問題ないよ」

早く部誌持っといで、とノートと問題集を受け取って
『松野』は大人びた笑みを浮かべる。

「ありがと！それ教壇の上に置いとけばいいから！先部室行ってて」

身軽になって、今きた道を駆け戻っていく松野を見送ると、
ふと視線を感じて、そちらに目をやる。
隣から『松野』が俺を見上げていた。

「イチのも持とうか？」
「いや……俺のは良いよ」
「そっか」

頷いて歩き出す『松野』に歩調を合わせる。
さっきまでと景色はほとんど変わらないのに急に静かになった気がする。
気詰まりではないが少し妙な気分だ。

「そう言えば」
「ん？」

ふと思い出したようにこぼれた声に視線だけそちらに向ける。

「カゼマルがイチのこと探してた」

ややこしい話だが、この場合のカゼマルはアレのことだ。
『松野』は俺のことを『イチ』と呼ぶ。
一郎太、だからイチだ。
松野のことはクウ、半田のことはシンだ。
『松野』的にわかりやすく区別をつけた結果だろう。

「……嫌な予感がするな……どうせろくな用事じゃないぜ」
「イチはカゼマルのことあんまり好きじゃないみたいだね」

そう言われて言葉に詰まった。
『松野』の前でアレを否定するのは
『松野』も否定してしまうようで気が引ける。

「好きじゃないというか……普通に手が掛かって困る」

お前くらい物わかり良かったら良いんだけどなとぼやくと、
『松野』は口元だけで静かに笑った。

「カゼマルはあれで色々考えてるよ。頭が良いから」
「……あれが？」
「もう少し自分を評価してあげなよ。俺たちは皆イチたちの鏡像なんだからさ」

そう言ってまた口を閉じる『松野』に俺も黙り込む。
アレの考えてることなんて俺は知らないし知りたいとも思わない。
ただ多分、アレを心底嫌いか、
憎んでいるかと言われたらそうじゃないのだ。
それなら最初から突っぱねている。
俺は嫌いな奴と寝食共に出来るほど我慢強くない。

「一郎太！」

廊下に響いた聞き覚えのある声に俺と『松野』は顔をそちらに向ける。
教室から顔を出してずいずいと近寄ってくるのはさっきまでの話題の主だ。

「俺に勝手にどこに行ってたんだ」
「何でいちいちお前に断り入れる必要があるんだよ」
「当然だろう」

ふん、と尊大の極みの笑みを浮かべると、
そいつはずい、と片足を持ち上げた。
靴ひもの解けた上履きをつっかけている。

「結べよ」
「……なあ、ちょっとノート持ってもらっていいか？」

『松野』にノートを預けると、
俺は取りあえず目の前にいるそいつの頭をはり倒した。
くう、と小動物みたいな鳴き声を上げて、
頭を押さえたそいつがうずくまる。

「結んでください、だろ」
「く……っ偉そうに……！一郎太のくせに……！」
「どっちがだ」

力いっぱい解けないようにぎちぎちに結んでやる。
こいつは本当に破壊活動(とサッカー)以外に能がない。
靴ひもひとつ結べないとか、自分と同じ顔で情けなくなる。
『松野』には俺の鏡像だと言われたけれど、正直認めたくない。
色々な意味で。

「あれー何やってるの？」

部誌を取ってきたらしい松野に追いつかれた。
説明するのも面倒で、俺が肩をすくめると、
代わって『松野』が口を開いた。

「いつものことだよ」
「また叩かれてるのドヤー懲りないねー」
「カゼマルはイチの事がほんとに好きだね」
『どこが』

重なった声に眉が寄る。
けたけたと笑う松野を小突いて、俺はノートを受け取った。

「おい、どうして固結びなんだ。使えない奴だな。これじゃ脱ぎにくいだろ」
「やかましい。せめて自分で蝶々結び出来るようになってから言えこの馬鹿」