夏の海へ
ガタン、と音を立てて段差から自転車が飛び落ちる。それでもなおよろけたバランスを取り直して慶次の漕ぐ自転車は俺の知らない道をまっすぐ走っていた。
ふと腕時計を見る。3限のチャイムが鳴った頃だろうか。いつもなら机に座って退屈な授業を受けているはずなのに、俺は今慶次の後ろで自転車に乗っている。
「海に行こうよ」
朝会うなり慶次がそんなことを言い出して、反論する間もないまま無理矢理手を引っ張られた。ここから少し離れた海。てっきり電車で行くものかと思っていたのに、乗せられたのはこのオンボロ自転車。油がたりないのかチェーンのところから軋んだ音がする。こんなのに乗っていくのかと思うと不安になったが小一時間走った今も何とかなっている。
「おい、まだか?」
「あとちょっと!」
空を見上げれば太陽が眩しい。慶次は長袖のシャツを腕まくりして、少し汗をかきながら前を向いてひたすらに自転車を漕いでいる。少し風が吹くたびに、額に滲んだ汗にしみて涼しい。
それにしても、いつ着くのだろうか。
さっきから慶次は俺の知らない道を走っている。学校を出てすぐくらいまではどこを走っているのか検討がついたが、ここまでくるともう何もわからない。時折目に入る標識で大雑把な地名を確認できるくらいだ。
(コイツ、学校サボってこういうとこに来てるんだろうな)
ふとそんなことを思う。
出席率があまりよくない慶次は、学校に来ないのも遅刻も早退も当たり前で。きっと何かしたいことがあるというのはわかっていたが、実際何をしているのかは知らなかった。
「お前さー」
「ん?何?政宗」
「学校サボってこういうとこ来てんだろ」
「あはは、バレた?あたりー」
そういうと慶次は一層ペダルを漕ぐ足を速める。潮風の匂いが鼻をかすめた。
海は、もうすぐそこだ。
「見えた!」
そんな慶次の叫びにも近い声に、身体を少し曲げて前を見た。慶次の長い髪がなびいて邪魔をするから手で払う。そうして見えた先には太陽に反射する海が見えた。
少し進んだところで慶次は防波堤に自転車を止める。それに倣って俺も自転車から降りた。
こんなにいい天気なのに、砂浜には犬を散歩させている老人が一人いるだけだ。学校から自転車で来れる距離にもかかわらず、ここに来るのははじめてだった。
「先行くよ!」
慶次は自転車の鍵をポケットに突っ込んで走り出す。少し走ったところで、こっちに向けて手を伸ばす。逆光で慶次の顔はよく見えなかったが、口元は笑っていた。
そんな慶次に誘われるように、俺も砂浜へ走り出す。靴が汚れるとか、普段なら気になることもなんだかもうどうでもよかった。
慶次の手を取って波際まで歩き出す。「ここに政宗をどうしても連れてきたかった」なんて笑って言うから俺は「馬鹿じゃねーの」と一言返した。
来年もここに来れたらいい。また2人で自転車に乗って、坂道は2人で歩いて。
靴を脱ぎ捨てながら、ふとそんなことを思うのだった。