上映
わたしに気付くと十三さんは雑誌を少し俺の方に傾けて、次はこれが見たいんだ。と隅の方に小さく載っていた単館上映のマイナー映画を指差した。
ジャンルは……ああ、B級ホラー。思わずまたですか、と溜息を吐く。これを見に行くとなったら十三さんと見に行く映画はこれで3連続ホラーになってしまう。
「好きだからな」
「わたしは、あまり……」
わたしは所謂「見える人」で、十三さんは「見えない人」だ。
映画とは非日常を楽しむものだと思っているが、わたしにとってホラーは当たり前の日常に過ぎない。
十三さんの家まで来る時も地縛霊浮遊霊動物霊その他諸々。一体何体見たことか。そこらじゅうに本物がいるのに、わざわざ映画館に足を運んでまで作りものを見るような奇特な趣味は、残念ながらわたしは持ち合わせていないのだ。
「じゃあ……黒上でも誘うか」
「わたしも行きますけどっ」
ぶはっと十三さんが噴き出して、肩を震わせて笑う。
あからさま過ぎた……ここで変に照れると余計気恥ずかしいのでゴリ押しで行く。
ソファ越しにぎゅうと抱き着いて、耳元で「嫉妬しちゃあいけないんですか」なんて言ってみる。
案の定腕の中の十三さんは笑いながらもびくりと反応して、此方から逃れるように顔を反らした。
「わっ悪くない、ぞ」
声が上ずっている。十三さんかわいい。凄くかわいい。ああ、スイッチ入ったかも。
彼を抱きしめる腕に力を込めて、赤くなった耳を追ってがっぷりと噛みつく。
さっきより大きく肩を揺らせた十三さんは慌ててソーリーソーリーなんて連呼している。
「分かった!じゃ、じゃあアリスのにするか!3Dだぞ!!?」
「……十三さん、それ分かって言ってます?」
「オー……」
十三さん以外に素顔を晒すなんて天地がひっくり返っても御免だ。
万策尽きたかのようにがっくりと項垂れる彼のそのうなじにちゅっと軽く口付けを落とす。
「別に、本当に見に行っても構わないんですよ、わたしは」
「ほ、本当か?」
「ええ」
がばっと勢い良く顔を起こした十三さんの頭を紙一重で避けて、白い仮面に覆われた頬に口付ける。
「その代わり、わたしを妬かせるようなこと、あまり言わないで下さいね」
その言葉を分かっているのかいないのか。オーケーオーケーと適当な感じに首を縦に振って、十三さんは軽くわたしの腕を抜け出すと、此方には一切目もくれず上映日時を調べるために部屋の隅にあるパソコンへ。
全く現金な人だと思うけれど、わたしは最後まで腕の力を一切緩めていないのに簡単に腕の中から出て行ってしまうなんて……都合のいい方に考えれば今まではずっと好きにさせてくれていた、ということになるんだろうか。
呼ばれるがまま今月の練習予定表と先程の雑誌を片手に、もう一度キーボードを叩く後ろ姿に抱きついた。