嘘吐き
ふわり、といっそ艶やかに笑んだイギリスが、フランスの両頬に手を添えた。
まるで恋人達が愛を紡ぐかのように、
まるでキスの数秒前を切り取ったように、
吐息と吐息の触れあう距離でイギリスは惜しげもなく、フランスへ愛を捧げる。
「どうしたらお前は俺のものになってくれる?お前はいつだって他国ばかり見て俺のことは見てくれない。」
その声はまるで、蜜を注いだかのように甘く、とろけて空気に触れていく。
甘く潤んだ視線は、ただひらすら目の前の海の青を映しだした瞳を見つめて煌いた。
「お前の移り気が、俺だけを見てくれることを、ただずっと待っているのに。俺に留まってくれる日を、ただ夢見ているのに」
お前はいつだって、俺の手の届かないところに行ってしまうんだ。
そう呟いて、更に水嵩の増し、少し伏せられた緑の宝石に、フランスは自身の指をそっと寄せた。
「泣かないで、イギリス。俺はいつだってお前のことしか考えていないよ。」
ただ、お前が俺を追ってくれるのがうれしい。
そっと、視線を自分に寄こしてくれていることを確認したくて、ついやってしまうだけなんだ。
「俺は何時だって、お前のことを愛しているよ。」
そうして、涙を拭ったその指をそのまま頬に滑らせ、フランスもまた、イギリスの頬をその大きな手で包み込んだ。
まるで永遠の愛を誓った恋人同士のような、睦言がその赤い唇から零れていく。
二人の瞳には、お互いしか映ってはいない。
それは愛し合う二人であれば微笑ましい場面であっただろう。
問題があるとすれば、その場所が、
「……君たち、いい加減にしなよね。」
会議の休憩室であることだろうか。
■ □ ■
「なんだよーちょっとくらいのってくれたっていいじゃない、アメリカ。」
「やーなこった!なんでそんな嘘にのらなきゃならないんだい!」
エイプリルフールだからって不愉快な嘘はつかないでくれよ!!というアメリカに否を唱える国はこの時ばかりは誰もいなかった。
堂々と、休憩室のソファでそんな寸劇を二人が繰り広げていたのだから当然と言えば当然であるが。
「何言ってんの嘘じゃないよね、坊っちゃん」
「そうだぞ、アメリカ。何言ってるんだ」
けろり、と反省の色もなく開き直る二人に先程までの甘い空気はなく、あの空気は何処に行ったんだと叫びたくなるような二人に突っ込む国もいない。
そもそも、この二国は大抵エイプリルフールになると盛大に行動に移す。
それは、例えば国全体が新聞やテレビまで巻き込んでつく嘘だったり。
それは、非常にハタ迷惑に他国を巻き込んで暴れまわったり。
迷惑の度合いに差があろうとも、この二国がエイプリルフールに何か『いつもと違うこと』をするのは、周知の事実である。
アメリカなんかは先陣を切って話しかけたが、他の国は巻き込まれたくなかったり、我関せずだったりとそろそろ終わる休憩時間のために会議場に移動し始めている。
「全く、今回は会議があるから何もできないだろうと思ってたのにやっぱり君たちって懲りないよね!!」
嘘も大概にしてくれよ!!
そう言って、アメリカもくるりと二人に背を向けた。
ばたり!と閉められた扉の中には、イギリスとフランスの二国のみが残される。
くすり、と笑い声を洩らしたのはどちらか。
「嘘だってさ、坊っちゃん」
「さてな、嘘なんてついてねぇよな」
そうして二人は、口付を交わす。
それは、嘘に隠された本当。