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こっちむいて、あっちむいてほい

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正臣はさ、園原さんのこと――。
そこまで言って帝人は言葉を切った。二人だけの教室には音は少なく、紅い夕焼けが隅々まで照らして温かく寂しい。
呆然と自分を見つめてくる正臣に、帝人はバツの悪そうに笑って後ろ頭を掻いた。あは、という乾いた笑い声が遠くへ消えてゆく。
「何でもない。ごめん。帰ろっか」
「……あぁ、うん」
そそくさと発された三つの単語に正臣はらしくなくただ頷いた。鞄を抱えるようにして持った帝人の背を惰性のように追う。
そもそも帝人が園原杏里という少女に心を寄せていると知ったのは、恐らく自分が一番最初だろう。その背をそっと押そうとして彼女に彼の好意を示して見せたのも、彼女に想いの有無を尋ねたのも、彼らの初々しくも淡い恋心を応援したいと思っていたからだ。
ひょこひょこと前を進んで止まってくれない帝人の背中に正臣は深く息を吐く。
(当たり前だ。二人とも俺の大事な友達なんだから)
友達、という言葉がやけに胡散臭く聞こえる理由を正臣は知っている。知っていてなお、可愛らしい恋愛をするだろうそしてそれが長続きしないだろう二人を応援したいと思っているのだ。
(馬鹿だおれ。それでも帝人が幸せならとか、考えてる)
正臣は何時まで経ってもちっとも頼りにならない背中を見つめて歩き続けた。


(変に、思われたかも)
帝人は自分の行いを酷く反省した。他人の気持ちを計るなんてしてはいけないことに違いない。
自身がダラーズとして行ってきたことはどうなのかと問われると難しいところだが、いやでもしかし、自分は恋心だけには手を出していない、筈だ。
(もし、正臣が園原さんを好きだったら)
鞄をぐっと抱きこんで、帝人は首を左右に振った。それは考えを振り切りたいのではなくて、単に気持ちを落ち着かせて冷静になりたいためだった。
それならそれでいい。自分は、友達として友達である彼と彼女の幸せを願わなくてはならない。
これが幼馴染への独占欲の延長でしかない、無駄で滑稽な想いでありますように。帝人はそう願ってもつれかけた足を奮い立たせた。



そうして二人、無言で歩く。
普段ならどちらかが歩を緩めるか足を速めるかして隣に並べる筈なのに、今日この瞬間だけ二人は互いの顔を見ない事を選んだ。