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あまい病

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佐藤くんの元気がないなあと気付いたのは、彼がつくったハンバーグが少しだけ焦げていたからだ。佐藤くんの、体調なり機嫌なりは、よく料理に出る。それは多分、おれしか気付いていないことで、佐藤くん本人も気づいていないことだとおもう。
そもそも彼は偏頭痛持ちだったり、胃が弱かったりで、あんまり体が丈夫なほうではないみたいだけど、そういうのは、彼も長年の付き合いなんだろうから、あまり料理には出ない。あらわれるのは、たとえば38度の熱があるときとか(佐藤くんはそのとき「なにかからだが、あついとおもったんだ」といっていた。熱があることに、きづいていなかったのだ)、それから、よくみられるのは轟さんのことで、いたくまいってるとき、とかだ。

彼が轟さんのことを好きなことは周知の事実で、もはやこの店の常識ともいえることなので、なので、佐藤くんが疲れていたり、しんどそうなときは、大抵、いやもうほとんど絶対、轟さんが原因なのは容易に想像がつく。今日はなにがあったんだろう?もうさすがに、惚気程度で、気付かれない程度の料理の失敗はしなくなったけれど。・・・ちゅうしてるとこでも、見たのかなあ?


「さとーくん」
「・・・おまえキッチンいろよ」

佐藤くんはちょうど15分休憩の途中で、ということはコックが2人しかいないこのレストランにおいて、かたっぽが休憩にいっているときは必然的にもうひとりががキッチンにいなくてはいけないんだけど、けど、ちょうど夕食のピークの時間帯を過ぎた今では、お客もまばらだったので、おれはこっそりぬけてきた。デザートなら、轟さんがつくれるし。
佐藤くんは、呆れたようにくちから紫煙をはきだした。

「いやあのさ、ちょっとききたいことがあって」
「なんだよ」
「佐藤くん、なんか落ち込んでる?」
「・・・・・・・はあ?」

佐藤くんの顔が思い切り歪んだ。まったくきれいな顔が台無しになっている。これは怒ってるとか嫌がっているんじゃなくて、戸惑っているんだろうなあ、たぶん。

「なんだよ急に」
「えー、だってきょうなんか、元気ないし」
「んなことねぇよ、普通だ」
「またまた~、なに?轟さんが店長とちゅうでもしてた~?」

正直半分冗談だった。もはや半分以上冗談だった。あほかって呆れて笑ってくれたらよかった。だけども彼は、無言でパイプ椅子から立ち上がり、無言で煙草を灰皿におしつけて、こっちには目もくれず、ドアの方まで歩いていこうとするから、びっくりした。思わず彼の右腕を、つかんでしまった。金色の髪の毛にかくれて、顔はよくみえなかったけれど、たぶん、相当、くらいかおをしている。

「え、ちょ、待ってよ佐藤くん!」
「・・・もう休憩終わんだよ、離せ」
「っ、やだよ」
「相馬」
「やだってば」
「相馬っ・・・!」

低くて、よく通る声だった。多分、怒鳴ろうとしたんだけど、かれの強い理性が、ぎりぎりのところで声をおさえんだろう。おれは佐藤くんの右腕をしっかり両手で握りしめた。だってこのまま行かせてしまうのは、おれの過失だ。

「ごめん、傷ついたよね、ごめん」
「・・・別に、もう、わかってることだし、おれが、みっともないだけだ」
「みっともなくないよ」

むしろ、みっとものないのは、こうやって佐藤くんのきもちをわかっていながら、結局なにもうまくやれないおれのほうだ。

「ごめん」
「・・・もういいから、な」

佐藤くんのおおきな手が、あたまを軽くたたく。どうして轟さんってば、こんなやさしいひとに好かれてるくせに、べつの方向を見ているんだろうなあ。こんなかんがえが、恋愛には適用しないのは、わかっているんだけど、こんなかんがえを、してしまうことが恋愛なのかもしれない。ならば、しかたのないことだ。
おれは轟さんではないので、かれの多分、一番望んでいることは到底叶えてあげられそうにないんだけど、だけど逆にこの立場からでしか、彼にできないことだって、きっとあるはずなので、それをおれはひとつずつ探っていく。明確には、まだいえないけど、こうやって、わがまま言って、ひきとめることしか、できないけど。

「さとーくん」
「ん」

ようやく佐藤くんが、こちらに顔を向けてくれた。すこしひらいた彼の口がちょっといやらしかったので、おれは少しだけ背伸びして、佐藤くんのそのやらしいくちに、自分のをもっていった。軽くしか触れていないけど、やっぱりやわらかかった。
出来心の割には、意外に、ちゅうもできるもんだなあ。蹴られるかなあとおもって、すぐに身をひいたけれど、佐藤くんはなにやら脳みそが一時停止したかのように、かたまっていた。あれ?じゃあもう一度できるかなあとおもって、また背伸びしたら、今度は、さっきおれの頭をたたいた大きな手が、おれの顔面を覆った。

「てめぇ・・・!!」
「いひゃ、いひゃいよ佐藤くん!!!」

みしみし!!みしみし言ってるよ佐藤くん!!顔面複雑骨折はいやだなあ。けどその力は、すぐに抜けて、おれは解放される。でもあらゆる顔の骨の部分が、ちょっといたいよ、佐藤くん。また怒らせたかなあとおもって、痛む顔をあげたら、佐藤くんの顔は、自分の手で口元を覆ってはいたけれど、それでも隠しきれないくらいに顔を赤くさせているもんだから、おれはびっくりして、そうしてどきっと、した。

「おまえ、ほんと」
「な、なに」
「ばかだな」

そう言ったかれの顔は、もうちっともくらくなんか、なくって、多分これからここに来店するひとは、たいへんおいしいご飯が食べられるんだろうなあとおもった、その矢先に、ぐいっと襟元をつかまれて、ひきよせられた。
おおわれるように、キスされた。
そんなに長くはなかったけれど、さっきよりは確実に深いものだった。たばこのあじがする。佐藤くんの口だと、ようやく頭が理解すると同時に、照れ隠しだろう、乱暴につきはなされる。そのときに俺の両腕から佐藤くんの腕がはなれたので、おれがずっと佐藤くんをひきとめていたことにも、気付いた。

「さ、さとーく・・・!」
「・・・お前いまから休憩だろ、俺キッチン戻るから」
「え、ね、いまの」
「15分たったら仕事戻れよ、さぼってどっかふらふらすんじゃねえぞ、ゴミ出しとか皿洗いは別のやつができても、飯はおまえしかつくれねえんだから」
「ちょ、まって、ねえ」
「じゃ、そうゆうことで」

こちらをちっとも見ないままにまくしたてて、佐藤くんは休憩室を出て行った。ああもう、反則だ。おれは休憩室の時計をちらりとみる。あと15分で、この体温は、もとにもどるんだろうか。
・・・たぶん、むりだろうなあ。
作品名:あまい病 作家名:萩子