エキノプス
彼がやってくるのはいつも突然ではあったのだが。
報告書のついでにと言って子供から渡された1通の手紙。
無表情を装っているようだが心中は複雑だといわんばかりの表情で。
知らず口に笑みを浮かべる。
そういった子供らしい表情を見るにつけ心がなごむのは己がとうになくしてしまった感情へのあこがれもあるのかもしれない。
推察するに彼の知り合いか何か断れない相手からの私への手紙。
内容までは知らされてはいないのだろう、邪推してもらえるほどには心を預けられているらしい。
「無粋な手紙なら受け取らないよ?」
「・・・・んなの読んで見なきゃ解らないじゃねぇか。」
今にも咬み付かんばかりの勢いで。
丁度一息入れたいところでもあったことだし気分転換にもなるかと報告書の前にその手紙を受け取った。
差出人は無記名。
それだけでダストボックスに直行でもおかしくはないのだが。
彼が運んできたというだけで一見の理由にはなる。
長くなりそうだと、ソファーに腰掛けついでに少年も隣に座らせる。
「どんなご婦人からかね?」
男からの送られる心当たりはないことだし。
「・・・・・・スッゴイ美人。」
「なるほど。」
それでその表情なのか。
知らず心が高揚する。
「その美人と君はどんな関係なんだね?」
からかい口調で問えばアンタには関係ないとそっぽを向く。
これ以上いじりまわすと本気ですねられそうなのでやめておいた。
ペーパーナイフで丁寧に封書を開封するとそこには1枚の花のカードと
数枚に及ぶ手紙が入っていた。
嫌な予感は得てしてあたるものだ。
「・・・。」
一通り、目を通してすぐに折りたたむ。
「君が心配するよな内容ではないから安心したまえ。」
「何で俺が心配するんだよ!」
「何故だろうね?」
含みのある笑いを乗せて強いまなざしに問い返す。
「聞いてんのは俺だっ。」
震えているような声色に心持ちカナリーイエローの瞳の色が濃くなってるのは気のせいではないようだが。
「こちらにおいで。」
そう言って易しく頭を引き寄せると意外にも素直に応じた。
放していいものかどうか迷うが、誤解をされたままで彼が傷つくのは忍びない。
「彼女は・・・もとい、ご婦人はね。私が士官学校に行っていたころ宿舎でお世話になっていた方の娘さんだ。」
鋭くなった眼力に心配ないと苦笑で返して。
「当時はそうだね、まだ8つくらいだったかな。」
「その頃からたらしだったんかよ。」
憎まれ口もかわいらしいものだ。
「・・・・人聞きの悪い。まぁ、話を聞きたまえ。」
宿舎で働いていたご婦人はもともと身体に病巣を抱えていて、私たちがそこを後にした あとすぐ、倒れてそのまままだ幼い娘さんを残して息を引き取ったらしい。
娘さんは施設に引き取られてすくすくと育って今は幸せに暮らしているという。
「・・・で?ほんとにそんだけ?」
「それだけとは?」
「その枚数でただ感謝の気持ちを綴ってあるだけとは思えないから。」
「鋭いね、鋼の。」
殊更芝居がかってにやりと笑ってやれば憤慨して睨み返してくる。
一呼吸置いて。
どこまで話してやるべきか。
「彼女は・・・反政府派の活動家だよ。」
「え?ソレってつまりテロリストってことか。」
「そうだ。」
「軍の世話になってたんだろ?ソレが何で。」
施設に対してもそれなりに国が軍人を育てるという意味で手厚い保護を施していたのは確かだ。
しかしただ育てるというのではうまみが少ない。
子供たちがどういう運命をたどったのかは押して知るべきだろう。
物好きな貴族に売られて慰み者になったか。
身体がぼろぼろになるまで・・・・・働かされるか。
彼女はさしずめ女性としても人間としても最低の扱いを受けたのだろう。
・・・そこまで思考が働いて眉根を寄せた。
反吐が出る。
流石にそこまで詳しくこの子供に語ることはしない。
「いつか解るときがくるよ。」
それまではまぶしい光を放って影をかき消してくれ。
「また子供扱いかよ。」
「大人扱いをしてるから何も言わないんじゃないか。子供はすぐ答えを欲しがるから ね。」
「・・・ずりい言い方。」
あえて気に障る言い方で突き放す。
私なりの感傷なんだ許せ。
「一つだけ朗報なのは、彼女が足をあらったそうだよ。」
「・・・・そうなんだ。よかったな。」
抑揚のない口調に愛しさがこみ上げる。
最後の一行には次の犯行予告と、アジトの場所。
そして
『早く大人になりたかった。』と。
最後に彼女の淡い心の片鱗を見つけた。
あのかわいらしかった少女がどんな人生を歩んだのか。
怒りと虚しさとを呑み込んで。
「さて、私の話はこれで終わりだ。次は君がどういう経緯で彼女からの手紙を受け取ったのかじっくり聞かせてもらおうか。」
「ソレは報告書に・・・。」
「君の口から聞いた方が早いよ?ああ、身体かな。」
「マテマテマテーーーーー!!」
些細な抵抗などすぐに封じて熱い吐息をかすめ取る。
次に彼女に会うのは戦場だろうか。
無言でなければいいと、腕の中の幸福をかみ締めつつ、少しだけ感傷にひたる。