白い丘
「用意は出来ましたか?」
その声に、ミロはゆっくりと振り返る。皮肉屋の彼に似合わぬ、厳粛な面持ちで…。
「こんなものかな」
そう言って、窓際の低い祭壇に横たわる友の姿に彼は穏やかな瞳を向ける。
「…ええ…」
日ごろ感情を見せぬその顔に微笑を浮かべて、ムウは答える。
そうせずにはいられぬほど、ミロの瞳は穏やかで暖かかった。
「…奇麗ですね」
白い神殿も大地も陽の光りに黄金色にけむる午後。
まだ、そこかしこに凍気の残る宝瓶宮を、暖かな風が抜けて行く。
宝瓶宮の主は───。
その冷たい美ぼうに穏やかな微笑を浮かべ、白い死装束に身を包んでそこに横たわっている。
「こんな顔をして…」
まぶしげにミロは目を細める。
「これじゃ弟子にやられてなんて、怒れやしない」
「そうですね」
祭壇の上、広がり流れる赤銅色の髪を、柔らかな風がふわりと揺らす。
死の腕に抱かれた…。
限りないほどに、穏やかな魂よ。
穏やかな、微笑する魂よ。
───悲しみではない。
暖かな思いがあふれて。
もう何年も忘れていた涙が、ほおを落ちようとする。
「まいるな」
小さくつぶやいて、ミロはほおをぬぐう。
「行きますか?」
「ああ」
嘆きの声もない、神に祈る祭司もない、静かな葬送。
午後の地上に降る黄金の光と、風が、人の背を押す。
静かなる肉体。
穏やかなる魂よ。
───聞こえるか?
───カミュ。
宝瓶宮の凍気もじき、光と風が抱き取ってくれるだろう。
眠りこんだ主に代わって、しばらくは聖衣が宝瓶宮の守りについてくれるだろう。
───カミュ、カミュ…。
───また、アテナが呼ぶときまで。
───よく眠っているがいい…。