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しじまの夜も明けぬれば(文仙/落乱腐女子向け)

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差し出された水差しと粉薬に仙蔵が嫌そうに眉を顰める。
米神を親指で押さえるようにしてずっと俯いていた仙蔵は目の前に差し出された水差しと頭痛薬の白い包みを目にして、嫌そうな顔で文次郎を仰ぎ見た。
のろのろと向けられた仙蔵のどこか虚ろながらも反抗的な眼差しを正面から捕らえ、文次郎は無言で睨み返す。ばちばちと見えない火花が二人の間で飛び散る。
飲め、嫌だ、飲まないと治らないだろ、それでも嫌だ。
そんな会話が聞えてきそうな、しばしの無言の睨み合いの末に先に折れたのは、どこかやつれた風の仙蔵で、仙蔵は文次郎から渋々と手渡された粉薬の包みを受け取ると、はぁあと厭味ったらしく溜め息を吐いた。
ぴしり、と米神に血管が浮きあがらせながら文次郎はわなわなと拳を震わす。心配してやっているのになんだその態度はと、よっぽど怒鳴り散らしてやろうかと思ったが、すぐに口を噤む。俯き加減の仙蔵の横顔は常よりもなお青白くよほど調子が悪いと見え、その怒りはすぐに霧散して心配に取って代わった。
仙蔵相手に怒りが持続したためしなどついぞなく、結局自分はこの男に弱いのだ。そう自覚しつつも認めるのは癪で、つい乱暴な調子をとってしまうのは最後の矜持だろうか。
そんなもの捨ててしまえと仙蔵なら笑うだろうが、常にやり込められている側からすればほんの少しの矜持くらい持たせてくれたっていいと思うのだ。すでにその思考が自身の中で仙蔵が優位に立っていることに文次郎自身は気づいていない。
いまだ手の内で白い包みを弄ぶ仙蔵に目線だけで「さっさと飲め」と促して、文次郎はどさりと敷布の側に腰を下した。
「お前なら、気合で治せと言いそうなものなのにな」
「気合で治るのは風邪の引き始めだけだ」
「……うー」
「渋っても無駄だ。痛いのはお前だろう」
仙蔵は薬が嫌いだ。
飲まないで済むならばそれに越したことはないが、過ぎた頭痛は我慢するよりも薬に頼ってしまった方が楽だと自身の経験で知っているはずなのにそれでもギリギリまで薬を飲むのを渋る。
何故嫌なのだと尋ねても、嫌なものは嫌なのだとしか返されない。
薬物特有の粉っぽさや苦味などが我慢できないわけではないだろうから、薬を飲むことを嫌がるのはきっと心理的な要素が強いのだろう。
癖になられるよりはよっぽどいいんだけどねと伊作は笑っていたが、ここまで頭痛薬を飲ませるのに苦労させられたのではやってられない。
もしかしたら、自分が相手でなければ(例えば伊作が相手であったりしたなら)もう少し素直に飲むのかもしれないが、仙蔵は自分以外の前でこれほどまでにわかりやすく弱みを曝け出さないので、いっても詮無いことだろう。
「ほれ、水だ」
「……」
「だから、そんな目をしてもダメなもんはダメだ」
仙蔵の憎々しげな視線を知らぬ振りをして流し、水差しを差し出す。
親の敵でも見るようにじっと薬を睨み付けていた仙蔵は、ようやく観念したのか文次郎から水差しをひったくると、白い包みに包まれた顆粒状の頭痛薬を喉の奥に流し込んだ。ごくりと白い喉が上下して、口の端から飲み込みきれなかった水が零れて首筋を伝い落ちる。
やっと飲んだかと文次郎が呆れたような溜め息を漏らすと、それを聞き逃さなかったらしい仙蔵が口元を拭いながら乱暴に枕を投げ付けた。至近距離で投げ付けられた枕は何処にぶつかるでもなく文次郎によって簡単に受け止められ、狙いを外した仙蔵は苛立たしげに舌打ちを鳴らす。
絶え間なく押し寄せてくる頭痛の波と嫌いな薬を飲まされたことで、仙蔵は相当ご機嫌斜めらしい。
「八つ当たりするな」
「うるさい」
「飲んだな、飲んだらさっさと横になって寝ろ。動いたら痛むんだろ」
伊作がいうには頭痛時の対処法なぞ薬を飲んで眠るくらいしかないらしいので、投げ付けられた枕を元あった場所に戻して、文次郎は床に敷かれた仙蔵の布団を軽く叩いた。
「寝ろ」という意思表示のつもりだったのだが仙蔵は言うことを聞かない。
この男が素直に言うことを聞いたことなどあったためしがないが、弱っているときくらい素直に言うことを聞けばいいのに、と文次郎はいつも思う。
頭痛を耐えるためか、常ならば涼しげな面は眉間には皺が寄って表情が険しい。下級生が見たら怯え泣くかもしれない。多少苛立ちを含んではいるが、文次郎から見れば痛みを耐えているその表情はよくよく知らないものから見ればただ不機嫌な以外には見えないだろう。まぁ、客観的に見てすら般若の如き形相になりかけているのだが。
「ほら、さっさと横になれ」
言うことを一向に聞こうとしない仙蔵に痺れを切らして、乱暴に仙蔵の腕を引いて態勢を崩させると文次郎は手馴れた仕草で敷いてあった布団の上にころりと細い身体を転がした。そして、仙蔵が何か言い出すよりも早く側に落ちていた上掛けを被せ眠らざるえない状態を作ってしまう。
かつて、この一連の動作を目にした伊作が思わず拍手を送ったくらいに一連の動きに無駄はなく、仙蔵自身もあっという間の出来事に目をぱちくりと瞬かせるばかりだ。
六年間仙蔵と同室で過ごして会得した何の役にも立たないスキルのうちのひとつがこれだ。他にも仙蔵関連でいろいろと会得した何の役にも立たないあれやこれやがあるのだがそこは割愛する。
仙蔵は文句言いたげに口を開きかけたが、口を動かすのも億劫なのかすぐに口を閉ざすとゆっくりと目蓋を閉じ、疲れたような、それでいて安堵したような溜め息を吐いた。
白い額に置いた指先から伝わってくる熱は常よりも若干熱く、少しだけ発熱もしているのかもしれない。額の熱さに文次郎は微かに眉を顰めた。しかし、そんな文次郎に気付く様子もなく仙蔵は額にあった文次郎の手のひらをとると甘えるように頬を寄せた。
「手拭いいるか?」
「お前の手でいい」
「素直に側に居ろと言えないのか」
「言って欲しいのか」
「別に。もう寝ろ、黙って横になってりゃ薬も効いてくるだろ」
「ん、」
己の熱を奪っていく手を抱きしめるようにくるりと仙蔵は布団の中で丸くなる。
中途半端に拘束された態勢がきついから腕を離してくれないか、なんて言えるはずもなく、仙蔵の眉間に寄った皺を揉み解しながら文次郎はひっそりと溜め息を吐いた。
お願いだから体調が悪いときくらいもう少し素直になってくれ。