君が見えない
君が見えない
(けれども感じる、その存在)
夕暮れ時、曇り空、遠くの空が薄く染まる
あれは何色と言えばいいのだろう
ピンク、淡い紫、赤、灰色の雲、青、紺色?
そのように、たくさんの色の絵の具を淡く淡く水で溶かして、混ざりきらないうちに描けば、
あのようなぼんやりとして、でもたくさんの色を持ったパステルカラーの夕焼けになるだろうか
少しだけ、昼よりも冷えた風を吸いこめば、いつもの雑踏の中よりも呼吸がしやすい気がした
帝人は手の中の存在を持て余しながらそう考えた
目の前に広がる土手と川、少し遠くまで散歩をしたら見つけた場所だった
休憩に、と土手の少し湿った芝に腰をおろし何の気もなしに自分がついた手の先を見やった
その瞬間に、あ、という音が自分の口からこぼれおち、いつのまにか手はそれを千切り持っていた
四ツ葉のクローバー
それを見つけた瞬間に帝人は過去に放り出されていた
目に映るのは、かつての友人とのじゃれ合い
「見つけたぞーみかど!四ツ葉のクローバーだ!!」
「うわあ、まさおみすごいね!ぼくもさがしたのに、やっぱりまさおみのほうが早かったぁ…。」
「ふふーん、それはおれの方がらっきーぼーいだってことだな!」
「いいなあ、いいなあ!!」
いつかの夕焼けの下で、帝人と正臣は四ツ葉のクローバーを探していたのだ
どちらが早く見つけられるか、と競い合っていたのだが勝者は正臣だった
高々と掲げられるそのクローバーに帝人は称賛の目をきらきらと向けて笑っていた
「四ツ葉のクローバーは幸せになれるんだもんね!まさおみは幸せになれるね!」
「そうだなー、これをみつけただけでおれは幸せもんだ!だからな、みかど!」
ずいっと、こちらに向けられる手
その先には先程正臣が見つけた四ツ葉のクローバー
にかりと夕焼けの下で正臣は笑う
「このクローバーはみかどにやるよ!!」
「えっ!?いいよ!だってこれをみつけたのはまさおみだもん!」
「そのおれがいいって言ってるんだから、みかどがもらえよ!」
「でも!」
「いーからいーから!」
正臣は帝人の手に無理やりに四ツ葉のクローバーを握らせる
そうすれば、帝人もおずおずとその手に力を入れて、にこりと嬉しそうに笑った
ありがとう、という声を風がのせていく
泥だらけに汚れていた二人の手が重なり合って、二人同時に笑いあう
きゃいきゃいと騒ぐその様子はどこから見ても幸せそうだった
現在よりもやわらかだったそれは、いつのまにか自分より少し大きく、指も太く、男の手になっていた
今は、もう掴むことすらできないそれ
握り締めたのはクローバーで、それ以外は何も帝人の手の中にない
あの指だって今は手の届かないところにある
泣きながら叫んでしまいたくなる気持ちを押し込めて帝人はゆるやかに笑う
そして今はいない、あの指の持ち主へ心の中で話しかける
ねえ、正臣、気付いている?
結局あのクローバーは帝人がもらい、しおりにして今でも使っているのだ
帝人が幸せになるように、と願いながら渡されたそれは今でも帝人の心を慰めてくれている
しかし、幸せになってと願ったのは、片方が片方にだけでは決してないのに
だから、この四ツ葉のクローバーは正臣にあげるよ
幸せになって、と、幸せになろう、と、
いつか正臣が戻ってきたときに渡そうと帝人は決意した
ありったけの願いをこめて、今度は僕から君へ
待ってる、ずっと君のこと
ぱたん、と、あの時の四ツ葉のクローバーのしおりと共に、また一つクローバーが本に挟まれた
10.06.01.