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西園寺あやの
西園寺あやの
novelistID. 1550
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リトポスイリヒ

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「お前の胸は小さいしー!」
その場の空気は凍り付いた。ポーランドの言動には慣れつくしたはずのリトアニアですら、身の強張りをとくことができずに固まった。
わかっている。自分にはよくわかっているのだ。リトアニアは素早く回転する頭の中でそう叫ぶ。
ポーランドが初対面の相手に対し、明後日のふるまいをしてしまうという悪癖。それは緊張のあまりであって失礼な振る舞いをするような心づもりは本人にない。それは確かだ。
だがそれを初対面の相手にわかってくれという方に無理がある。今日の相手、スイスとリヒテンシュタインにしたところでそうだ。
友好親善を目的とした訪問希望に、いつもの人見知りを発動させるポーランドを説き伏せ、二人でもてなしの準備をして出迎えた。
噂どおりに見目よく仲の良い兄妹との対面に、ポーランドはいつも以上に緊張していた。実物を目の前にすると緊張はまさに爆発した。
その勢い余って、おそらく最も言ってはいけないセリフを吐いてしまったのだ。
しばらくはぽかんとしてポーランドを見ていたリヒテンシュタインだったが、やがてその表情が微妙に歪み、頬を赤らめ、涙ぐんだ瞳は潤み始めた。恥じらうようなその姿は充分に愛らしかったがそんなことを観察している場合ではない。
暴言を吐かれた妹へのケアも大事だが、問題はその隣にいる兄である。
出迎え、案内する間の短い時間だけで、いかにこの兄が妹に入れ込んでいるのか容易に察知できた。なにしろ隠すつもりが全くないのである。だだもれである。妹萌えもいいところである。
妹に危害を加える輩は誰であろうと許さぬ。危害どころか指一本触れさせぬ。とりあえず自分以外は寄るな触るな近寄るな。本音を聞けばそんな言葉が飛び出してきそうな雰囲気をたたえ、おまけに背中にがっつりとライフルを背負っている。おそらく懐にはピストルや爆発物すら仕込まれているのだろう。
初対面でそんなものを持参するなという周囲の意見もあるにはあったが、こちらが丸腰で友好的であれば問題はなかろう。今回はあくまで私的な友好親善なのだから。
リトアニアがそう判断して「常日頃からの備え」とスイスが言い張る武器の携帯を許可したのが仇になった。
スイスは皆と同じように一瞬は固まっていたものの、妹の涙ぐむ姿を見て明らかに逆上したのだろう。目にもとまらぬ早業でライフルを構えた。
だがその危機的状況に反応して、リトアニアの身体も動きを取り戻す。迷わずスイスに身体をぶつけるようにして止めに入った。
「も、申し訳ありません!」
「ええいどくのである!」
「俺がかわってお詫びします! 悪気はないんです悪気は! ポーランドは人見知りで、可愛い女の子相手だとそれが増幅するんです!」
「それがどうした! 人見知りもなにもない世界へと羽ばたかせてやる!」
「お願いしますー! 落ち着いてくださいスイスさん! ほら、ポーも早く謝ってー!」
もはや絶叫である。渾身の力で押しとどめるリトアニアの意外な腕力に気づき、スイスは怒りの度合いを本当に微妙にものすごく少しだけ下げた。
その一瞬の間に、ポーランドが再び口を開いた。
「お前、胸は小さいが、顔も手も小さいからそのくらいの方が似合うと思うしー。そのワンピースも似合ってて超かわいい。どこで買ったし?」
「え……あの、兄さまの国にあるお店で作っていただいたものです」
「へー。かわいい服いっぱいある? 今度いきたいしー」
「ぜひ遊びに来てくださいまし。ご案内させていただきます。もちろん、他にもかわいいものはたくさんございますよ」
「楽しみだしー。リヒって呼んでいい? 呼んでいい?」
「はい、よろこんで」
女子会話の中であっさり仲良くなってしまっている二人の様子を、絡み合った状態のスイスとリトアニアは唖然と眺めていた。
素早い。素早すぎる。
無論、リヒテンシュタインの涙目も明るい輝きを取り戻している。
落ち着いて状況を考えれば、ポーランドは女子会話が可能な上に、リヒテンシュタインよりも確実に胸が小さいのだ。
性別から考えるに当たり前のことではあるが、リヒテンシュタインにとって、これは非常に喜ばしいことだ。
無論、奥ゆかしさからそのような感情は表に出しはしない。だが周囲の女性国はすべからく、自分よりも胸が大きいのである。それがあたりまえのような状況である現在、ポーランドのような存在はとてもうれしい気持ちになる。
リヒテンシュタインがどれだけ微乳だろうと、全くないわけではない。少女らしいなだらかさくらいは保っている。真っ平らな板状態であるポーランドに比べれば、確実に勝利する。
おまけにポーランドは胸が小さいことは全く気にしてはいない。つまり自分が心の中で幾度も傷ついてきたような思いをさせることもない。
聡いリヒテンシュタインは瞬時にそこまで判断し、心の底から、新たな友の出現と女子会話を楽しんでいた。
和気藹々とする二人の姿を眺めているうちに、なにやら馬鹿らしい気持ちに襲われ、スイスは力を抜いた。
「スイスさん……申し訳ありません」
「いや……リヒテンがよいなら我輩がとやかく言うことではないのだ。こちらこそ失礼したな、リトアニア」
「いまお茶を入れますから、どうぞ気楽になさってください。お菓子は俺とポーと両方のものを揃えていますから、いろいろ試していってくださいね」
スイスから手を離して微笑むと、リトアニアも落ち着きを取り戻し、いそいそともてなしの支度を始めた。
いつの間にか二人で並んでソファーに腰を下ろし、きゃいきゃいと楽しげに話し続けているポーランドとリヒテンシュタイン。それを見ながらライフルを下ろし、スイスは小さくため息を落とした。
真っ当そうなリトアニアはともかく、なんなのだ。このポーランドという男は。自分の目には謎の生物のようにしか見えない。
敵対するつもりはないが、友好を深めるのは至難の技である気がする。リヒテンシュタインを伴って正解だった。大正解だった。
今後こやつと交流を持つ際には、リトアニアかリヒテンシュタインを必ず伴うこと。それを心の条約にしっかりと書き込み、疲れ果てたスイスはソファーの背に身を預け、がっくりと脱力するのだった。

作品名:リトポスイリヒ 作家名:西園寺あやの