星
その場所に立って、空に手を伸ばす。
黒に染まる世界で、己を誇示するかのように。
あるいは、黒を彩るかのように輝く星を見上げながら。
幼い頃に見た空は、言葉が出ないほどに綺麗で。
オレは、心を奪われた。
それから、星を好きになった。
星の名前を覚えて、星座も勉強した。
あの日から、毎日のように星を見るようになった。
日が落ちればすぐに、部屋の窓から空を見上げる。
親にも呆れられるほど、ずっと眺めていた。
それほどに、夢中だった。
ある日、またあの場所に行くことになった。
あの場所は、子どもが一人で行くのには、遠い場所だった。
しかし、親の目的は星を見に行くことではなかった。
オレの手持ちとなるポケモンを捕まえに行く。
それでも、あの場所に行けるのならよかった。
前に行った時は、親父がきのみを取りに行くのに付いて行っただけだった。
その時にも、ポッポやコラッタ、ニドラン♂など様々なポケモンがいた。
手持ちのポケモンがいなかったオレは、こういうポケモンが手持ちになればいいな、と思いながら見ていたが、
あの星空を見た瞬間、そんなことは全て忘れた。
手持ちのポケモンが欲しいと思うより、あの星空をもう一度見たいと思う気持ちのほうが強かった。
手持ちのポケモンを持てるのは嬉しいけど、あの星空を見たい。
そんな思いで、オレはあの場所に行った。
右手にモンスターボールを握って、捕まえたいポケモンを探す。
昼前から探し始めて、もう夕方だ。
それでもオレは、ポケモンを捕まえていなかった。
ポケモンを捕まえたら、すぐに家に帰るだろう。
そうなれば、星をみることができない。
だからオレは、迷っているフリをして、夜になるのを待っていた。
「まだ決められないのか?そろそろ帰るぞー」
オレとは別に、きのみを採集していた親父が、そう声をかけてきた。
「やだ!ポケモン捕まえるもん!」
どうしても帰りたくなかったオレは、そう言い放って、親父の前から逃げ出した。
そこから、めちゃくちゃに走り回って、暗くなるまで、隠れていた。
そして、夜。
空に輝く、星や月の明かりを頼りに、あの場所まで行った。
坂を上って、一番高い場所に着いた時、そこには誰かがいた。
崖に突き出た岩に座って、星空を眺めている。
オレは、驚かさないようにそーっと近付いて、それが誰だかようやくわかった。
それは、ケーシィだった。
ケーシィは、少しも動かずに、ただ星を見ている。
その時オレは、このケーシィなら仲良くできるだろう、なぜか、そう思った。
ゆっくり、ゆっくりとケーシィに近づいて、右手に握りっぱなしだったボールを投げる。
そのボールは山なりにゆっくりと飛んで、ケーシィの背中に軽く当たる。
そして、一瞬のうちにボールに吸い込まれ、そこに残るのはモンスターボールだけ。
オレは小走りにボールに近づいて、ケーシィの入ったボールを拾い上げる。
そして、ボールの中を覗き込む。
ケーシィは、ボールの中だというのに、星を見ることをやめていなかった。
だからオレは、すぐにケーシィをボールから出して、一緒に星を見ることにした。
岩の上から足を投げ出して、並んで空を見上げる。
どれくらい、そうしていたのだろうか。
ふと後ろを振り返ると、汗だくの親父がこっちに向かってくるのが目に入った。
オレの近くまで来た親父は、膝に手をついて息を整えてから―――――座り込んだ。
「あぁー、しんど………、お、ケーシィ捕まえたのか!名前はもう決めたのか?」
「名前?名前はケーシィじゃないの?」
「それは種族の名前だろ?自分だけの名前を付けてやれよ。ま、今じゃなくてもいいがな。」
そう言って親父はオレの頭に手をのせて、
「今日はもう遅い。そろそろ帰るぞ。腹も減ったしな。」
さっさと歩いて行ってしまった。
家に帰って、ケーシィの名前を考えた。
思いついた名前は、「アンタレス」
一緒に見た空に輝いていた、さそり座の星の1つ。
「よろしくな、アンタレス」
そういったオレに対して、アンタレスはコクッと頷いた。