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宴もたけなわ、次第に盛り上がっていく宴席は少し入り乱れて、飲み物を手にした人々があちこち立ち歩いている。
 先ほどまで隣にいた帝人は挨拶に行くと言って、杏里を気遣いながらも席を立った。滅多にない機会を逃すことに耐えられなかったのだろう、何故か平和島静雄の隣につけているのが目に入った。
 ああ、楽しそうだな、と杏里は思いながら、自分の椀を自分のペースであける。こんなに大勢と食事を共にするのは久しぶりだった。あまり面識のない人も多くいて、全員と会話をするわけではない。でも、人の声が杏里の耳にも少し遠く、快く届く。
「杏里ちゃん、食べてるー?」
 と、これはすぐ横でする声。聞きなれた美香のものではない。
 隣の椅子に、見覚えのある中華風の黒服を着た女性が笑っていた。
「……狩沢さん、」
「隣、いい?」
 既に着座した狩沢が笑う。杏里はどうぞ、と小さく会釈をして。
 そして、所在なく思う。
 ワゴンでの逃走劇に加え、女子総出での調理の際にも一緒に行動したものの、いまだに狩沢のその人となりを掴みかねていた。というか、彼女が知人たちと楽しそうに交わす話題には杏里の知らない内容が多く、理解が及ばなかった。それでも杏里と話すときはごくごく無難な、杏里を取り巻く周囲についての話などもする。彼女のコアな部分を理解できないなら理解できないままでもいいのだろう、というのが杏里なりの見解ではあるのだが。今このときに何を持ちかけていいのかがわからない。
 そんな相手の思惑を全く気にせず、狩沢は笑って、
「ねえねえ、あの二人さぁ」
「…?」
「楽しそうじゃない?」
 指の指す方向に視線をめぐらすと、テーブルの斜め向こうで、門田と遊馬崎が談笑していた。
 いつも笑みのかたちに目を細めた遊馬崎が、今はますます楽しそうに盛んに門田に話しかけている。食事をあらかた終えた門田は半分聞き流すかのように体を傾けつつ、時折相槌をうっている。
「ええ、まあ」
 それほど二人のことをよく知っているわけではないが、格別珍しがるような光景ではないように思えた。杏里は少し戸惑いつつうなずいた。
 何を話しているのか、こちらにまでは届かない。眺めていると、身振り手振りを加えつつ何かを言い募る遊馬崎の様子に、門田がふと相好を崩す。
「あ、ドタチン笑った」
 横で嬉しそうな声が上がる。普段が強面だからさ、笑うとイメージ変わるんだよね、狩沢は楽しげに続ける。
 向こう側の遊馬崎も門田の笑みにテンションを上げたようで、やおら何か一言発すると門田にぎゅっと抱きついた。
「あーっ!」
 狩沢の声はほとんど悲鳴である。杏里はぎょっとした。
 幸い向こうにまでは届かなかったらしい。抱きつかれた門田は驚いたようだが、特に振り払おうとはせずしがみつかれるままになっていた。ぎゅうぎゅうと押してくる遊馬崎の肩を叩いてなだめている。やや呆れ顔をしている。
「見た、見た?今の!」
「なんだか、可愛らしいですね」
 年上の二人に向かってこの言辞はないと思いながらも、杏里は正直な思いを口にする。
 狩沢の述べたとおり、杏里の思い描く門田像は強面で無愛想という印象ばかりが先行していた。また、一方の遊馬崎はやわらかいイメージとは言えど、生身の人間との接触を好む様子ではないと思っていたのだ。意外な一面を見た。よほど気心の知れた仲なのだろう。
「…狩沢さんは混ざらないんですか?」
「いいのよ」
 何気ない発言に返される、存外に冷静な声。
「私が入ると壊れちゃうから、見てるだけでいいの」
 杏里は狩沢を省みる。
 額縁の外側から眺める世界。距離。ありえないとわかっていても、期待してしまう。
――私と、同じように?
「私があそこで一緒になってぎゅうぎゅう抱きついたら、たぶん流石にドタチンが止めるよ?」
 男の絆っていいよねえ、真似できない、と狩沢はつぶやく。
 普段の彼女にも似ずどこか寂しそうで、杏里は少し慌てた。
「でも、あの方たちと一緒にいるときの狩沢さんも、あのお二方と同じくらい楽しそうですよ」
「そうお?ありがと。…まあ、ね。私はもう、見てるだけでゴチでした、って感じだしね。まとめておいしくいただきますよっと」
 杏里は考える。いつか正臣が戻ってきて三人で過ごすことができるようになったとき、自分は何よりも帝人と正臣が一緒に気の置けないやりとりをしているところが見たい。自分の絡まる恋愛問題以上に、二人には以前のように親友同士でいてほしいのだ。
 狩沢も、多分、同じだ。二人が一緒にいること自体そのものを、愛でているのだろう。
「少し、わかります」
 杏里がそっと同意すると、狩沢はいつもの調子でてへっと笑う。
 杏里ちゃんも素質あるんじゃん、言いながら携帯を開いて、シャッターを切った。ピロリロリ、と能天気な機械音が響き、門田がこちらの状態に気づく。
「狩沢ぁ、」
「いいよいいよドタチン、そのままで!」
 制止を無視して苦々しげな表情で門田が遊馬崎をはがしにかかり、遊馬崎も「また狩沢さんはぁ」と恨めしげにこちらを見る。見てよ萌えるよねぇ後で写メ送るね、狩沢は男二人には構わず、例によって一方的に囁いてくる。
 液晶画面に切り取られた先ほどまでの穏やかな二人の姿は、こちら側の二人にとってはいとおしむべき絵のような存在で、杏里はこういうやり方で額縁の外側を選ぶことも悪くはないかもしれないと思った。
作品名:フレームアウト 作家名:えびむら