恋は凶暴に包む
(愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる)
あいのことばを延々と叫び続ける『彼女』へ、杏里は目を細めて首を微かにかしげた。平和な学校の授業中、数式の答えの代わりに愛を囁き続ける『彼女』へ、慣れてしまった杏里はすらすらと黒板とノートを交互に見やりながら数式にヒントを書きくわえていく。
(愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる)
かちかちとシャーペンの芯を繰り出しながら、杏里は聞くともなしに声を受け流している。ぱちりと瞬きをして、こっそりと気付かれないように後ろを見ると、真面目にノートをとっている彼は顔を上げて おや とでも言うように目を丸めた。杏里は驚き、慌ててノートへ視線を戻す。黒板を見上げようとした彼にきっと他意はなく、それでも杏里はまるで自分が見つめていたことに気付いたのかもしれないと淡く期待をしながら、歪んでしまった方程式を消しゴムで消した。
(愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる)
(・・・罪歌は強いんだね。愛をそんなに語れるなんて)
かち、シャーペンを揺らして数式を追いかけながら、杏里はぽつりと思い、愛を囁き続ける彼女へ声をかけた。
(愛してる愛してる愛して・・・あら?どうしたの杏里 どうしたの?悩んでいるの?ああ私には分かるわ、杏里)
(そういうわけじゃないけれど、 )
愛を呟くことをいったん中断してまで、『彼女』は笑い杏里へ声をかける。からかうように、玩ぶように、面白がるように、忠告を重ねる。
(あの子?あの子なんでしょう?私は人間全てを愛したいの!だって私の愛は人全てに向けたいのだもの!ねぇ杏里、貴方が彼を愛したいなら協力してあげる。いつもよりちょっと、力を込めればいいのよ)
(違うよ、違うの。愛せるなんて思わない。私が彼を愛せるなんて思えないの)
チャイムが鳴り、学級委員である彼の号令で生徒はがたがたと立ち上がる。杏里もそれにならい、軽く頭を下げて先生が鷹揚な態度で日直へ黒板を消すよう指示するのを何となく聞いていた。休み時間だと生徒が活気づく中、杏里はノートを重ねて机の中にいれ、自分の元に近づいてくる彼に神経を集中させる。
(どうして?どうして、杏里?ちょっと傷つけたらいいのよ?杏里が彼を愛しているなら私だって彼を愛せるわ)
(駄目だよ それは駄目なの )
「園原さん」
ああ、杏里は嘆息して、『彼女』との対話を打ち切った。彼は気弱そうに笑いながらも、お昼どうかな と小さく呟く。杏里はこくりと頷き、鞄から小さな弁当箱をとりだして準備を始めた。先程のことについて聞かれはしないか、少しだけ高揚している自分を恥じながら、杏里は小さく微笑む。その頬笑みを見つめた帝人は、にこりと笑い返しながら なんでもないことを言うようにそっと声を潜めた。
「さっき、園原さんと目があったような気がしたんだ。 何かあったの?」
帝人の言葉に、杏里はじわじわと満たされる自分に気付いて ふるふると首を振った。帝人は杏里の態度に気分を害した様子もなく、気のせいか、と笑う。優しい彼の態度に、杏里は泣きたくなり、笑いたくなり、傷のつけあいで成り立つ形とはまた違う 彼と自分との間に何か関係が保てないかどうか 願いをかけて思いはじめた。
(愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる)
(愛してる、私は 彼を きっと だから 駄目なんだ)
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某方と盛り上がった杏帝罪。勝手に母体サンドと命名してきゃっきゃしています。