熱愛タイム(英米)
呼ばれた方向にん?と顔を向けるとウサギの子を抱えたアメリカが
こちらに駆け寄ってくる姿が視界に入った。
抱えたウサギは暴れることなくアメリカの腕の中に収まっている。
息を切らすほどの勢いで走ってきたアメリカはイギリスの前に立つとにこりと笑って
抱えていたウサギをイギリスにも良く見えるように掲げた。
「どうしたアメリカ?」
「あのね、この前生まれたんだ!イギリスに見せようと思って」
「ああ、お前とよく遊んでいたウサギの子か。可愛いな」
読んでいた本にしおりを挟み、アメリカに向き合ったイギリスはウサギの頭を撫でる。
ふわふわとした毛並みは指触りがよく、ささくれたイギリスの指にも心地よい。
「・・・ね、イギリス」
「ん?アメリカ?」
アメリカはウサギを片手に抱え直しイギリスの袖を空いた手でくいと引っ張った。
頭上に広がる空のように蒼く美しい瞳は何の含みも無くイギリスを映している。
含みがあるとすれば、イギリスへの伝えきれない慕情だけでイギリスへの
苛みなど欠片も無い。
いつものようにしっかり瞳を合わせてイギリスは微笑む。
「ウサギを置いてきたら、もっと撫でてやるぞ」
「ホント!?じゃあ返してくる!待っててねイギリス!!」
約束だよ、と小指と小指を絡ませたイギリスの天使はウサギの子を抱え直して
あっという間にイギリスの視界から消えていった。
あの子は奇跡の子だ。
アメリカの姿が見えなくなってもイギリスは読みかけの本を開くことは無く
消えていった方向を見つめながら独りごちた。
アメリカと出会って、彼と幾年を過ごし、ようやくイギリスは『愛情』というものが
この世にあるものだと理解できた。
それまでイギリスは愛情というものを知らなかった。
兄たちはイギリスのことをひどく嫌っていたし、近隣諸国などもっと嫌っている。
腐れ縁と言われるフランスにすら、心の底から親しみを持つことができなかった。
そんなイギリスの感情を根底からひっくり返したのはアメリカの存在だ。
淀みなく真っ直ぐ向けられる視線はイギリスに人の目を真っ直ぐに見る勇気を。
たどたどしい口調で伝えられた言葉は愛しさを。
触れ合った温もりは優しさを。
ヨーロッパでの争いに傷つき、疲労した身体と心を癒してくれたのは
いつだってアメリカだった。
新大陸に赴き、アメリカと触れあうことがどんなにイギリスに安らぎを齎すことか。
柔らかいミルクと乾草の香りが染みついたその身体を抱きしめるときに
どれほど眼が熱くなることか。
どんなに言葉を尽くしてもこのときの感情を表すことはできないと思う。
奇跡などこの世に無いと思っていたイギリスがたった一つ認めた奇跡。
あの子を守るためならばどんな犠牲を払ってもいい。
この世でたった一つ大切な、愛しているあの子を守るためならば多少の犠牲など
厭わない。
さく、と草を踏みしめる音が耳に届きイギリスは目を細めた。
余程急いだのかアメリカの頬は赤く上気している。
勢いよく駆け寄ってきたアメリカは荒い息を隠さず見上げる。
「イギリス」
強請るように名を呼んだアメリカを膝の上に抱き上げた。
出会ったころよりも少し背丈が伸び、体重も増えてきたがまだ幼子の領域を抜けない
その身体は抱き上げることに支障は無い。
もっとも、もう少しアメリカが成長し、膝の上に抱き上げることが難しくなったとしても
アメリカが望むのならばイギリスはその身体を抱き上げるだろう。
「イギリス、イギリス」
アメリカはそれしか知らないかのようにイギリスの名前を呼ぶ。
そのたびにイギリスの心にはほのかな光が灯る。
この気持ちを何と表現すればいいのだろうか。
さらさらの金糸に指を通し、慈しみながらイギリスは考える。
好きでは足りない。
愛しているではこの子には重すぎる。
けれど、この想いは愛しているとしか表現できない。
愛しているよ、アメリカ。
声にならない何度目かの告白をイギリスは胸中で呟く。
「イギリス。俺、イギリスが大好きなんだ」
イギリスの胸に顔を埋めていたアメリカが顔を上げ、その告白に答えるように
はにかみながら言った。
ああ、俺もだよ。
頷いてアメリカの頬を撫でる。
うっとりとその手を受け入れたアメリカは大事なことを告白するように
小さな声で言葉を続けた。
「好きよりもっと好きなんだ。大きい好きなんだよ。だから、イギリス大好き」
甘い、甘い花の蜜よりもミルクよりも甘いアメリカの言葉はイギリスの胸を
幸せで満たしていく。
幸せな気分のまま、ふにふにと柔らかい口唇にキスを落とすと離れた口唇を追いかけて
アメリカが少し背伸びをした。
もちろん意地悪などするはずがなく、追いかけてきた口唇に素直に捕まる。
触れる以上の接触を知らない口唇はその想いを伝えようとぎゅうっと押しつけられる。
ふ、と柔らかく眉を下げたイギリスは一瞬口唇が離れた隙にぺろりと舐め上げた。
「あ」
初めての行為に驚いたアメリカがブルーアイを潤ませながら声を上げる。
いくらエロ大使とはいえ、幼いアメリカにそれ以上のことをできなかったイギリスが
「お前があんまりにも美味しそうだから食べたくなっちゃったんだ」
とごまかすようにアメリカの口唇を指で挟んだ。
長い間キスをしていたせいか腫れぼったくなってしまった口唇から舌がちろりと覗き
指の腹を擽る。
子猫がじゃれているような感触は性的興奮よりも愛おしさを呼び起こす。
アメリカが満足するまで指を擽らせた後、イギリスは遊び疲れてうつらうつらしている
アメリカの両瞼にそっとキスを落とした。
今にも夢の国へ旅立ちそうなアメリカをしっかり抱え直して立ち上がる。
このまま腕の中で眠らせても構わないけれど、やはりベッドに寝かせた方がいい。
半分空いたままのドアをくぐり、ベッドに横たわらせ離れようとしたイギリスの袖を
半ば眠っていたアメリカがくいと引っ張った。
「大丈夫だアメリカ。すぐに戻ってくるから」
だから良い子で眠ってろ。
囁いて離れようとしたイギリスの服の袖をそれでもアメリカは離さなかった。
今にも閉じきってしまいそうな瞳を必死に開いて、とびきりの告白を告げる。
「あのねイギリス。俺、イギリスになら食べられてもいいな」
「・・・・・・じゃあ、もっと大きくなったら食べてやるな」
「約束だよ。痛くしないでね」
「ああ、約束だ」
小指と小指を絡ませて約束をするとアメリカは安心したのか完全に意識を手放した。
指を離したイギリスは体が冷えないように掛け布団を胸までしっかりかける。
そして離れることを惜しむように額に軽く触れ、吐息のような声で囁く。
I love only you.
ひそやかな告白は誰にも聞かれることなく霧散していった。