おまえのせい
モノクロの部屋、大人しいそこに派手なビジュアルの男が一人踏み入ってくる。服装に髪の色、表情までもが部屋の中で異質だった。
今シズちゃんに怒りを向けられる具体的な理由はない、むしゃくしゃしたから殴りに来たとそういう事だろうと臨也は後ずさる足を止め溜め息をついた。出かけようとドアを開いたところに丁度静雄が立っていて、一回り大きな身体にそのまま中へと押し戻されてしまったのだ。
「外でしようよ、部屋の中は勘弁してもらいたいんだけど」
臨也は目に入った本棚を見て思った、まさかあんなものを室内で投げ飛ばされたりしたらたまったもんじゃない。
「いや、ここじゃなきゃダメなんだよ」
「はあ? シズちゃんのくせに何意味分かんないこと言ってんの」
一発殴らせろ、そんな理屈の通用しない物言いがお似合いのくせに、意味のありそうなことを言う。そういえばいつもより幾分大人しい、今にも殴りかかってきそうな雰囲気が薄らいでいる。
言い終わると同時にナイフを手に取り構えるが、対峙する様子がない。
「ああムカつく、イライラする、今すぐその面殴りてぇ」
言葉だけはそう言いながら拳を握り締め肩をビクビク震わせて、静雄は臨也の背中の奥を睨む。は? と頭の中に疑問符を浮かべる刹那。彼にしては大人しすぎる破壊音と共に、おそらくガードレールよりは高いであろうそれが床で無残な末路を遂げていた。
ハードディスクだった、机の上にあったハードディスクが消えて、代わりに床の上にゴミが散らばっている。
「ちょっと……! なにこれ……」
怒声も出てこない、ただ呆然と静雄の顔を見ながら立ち竦む。足元に落ちてきたそれは外してしまったのではなく、最初から自分には当てるつもりがなかったように思えた。意味が分からない。
「なんならこの部屋全部燃やしちまいたいんだけどよお、いいか?」
咄嗟に取り出されたペットボトルに慌てて静雄の元まで駆け寄る。手に触れた瞬間危ないと反射的に逃げるが、何も飛んでこなかった。奪い取ったそれのキャップを開けると、確かに灯油の臭いがする。
「俺をここに閉じ込めて焼死でもさせる気?」
違う、そんなことするはずがない、考えることすらしないはずだ、そういう奴だ、こいつは。いつもストレートで、曇りなくて。
「アホかてめーは」
んな面倒くせぇことするか、と腹に一発拳が入る。ぽかんと突っ立っていた臨也はそれをまともにくらったはずなのに、尻もちをついただけで派手に飛ぶこともなかった。激しくはなく、重たい一撃。
どうにか立ち上がると唇の端から生温かいものが流れ落ちていく。
「……!?」
頬に手が近づいてきて、殴られるのかと身構えるがしかし何も訪れない。手を止めたままじっと見つめられ、一歩こちらへと身体が寄ってきたかと思うと口元に柔らかい感触が触れた。
再び距離を取った静雄を見遣れば、唾液の混じった血がその指を濡らしている。ちらりと覗く赤い舌でそれを舐め取られ腰が引けた。
「いい加減やめちまえよ」
真っ直ぐに見据えられて言葉が出なくなった。踵を返し部屋を出て行く彼を引きとめようと身を乗り出したが激痛に襲われて歩けなくなる。逃げるならともかく、追いかけるなんてどうかしてる。
粉々になったハードディスクの中身は、全てバックアップしてあった。それに丁度新調しようと思っていたところだ、痛くも痒くもない。
コントロールした暴力、いや、暴力ではなかった。静雄は真っ直ぐだった。
身体が痛い、痛いのはそれだけだ。
手元に残ったペットボトルが異様で恐ろしかった、まるでらしくない、こんな計画的な真似。
積んであった資料に灯油をぶっかけてやろうかと思って、結局やめる。らしくない、こんな衝動的な真似。
どうして――――
おまえのせい