失言
会議室の扉を開けたアルフレッドは、そこにイヴァンしかいないとわかるとあからさまに顔をしかめた。
ロシアという国である彼とアメリカという国である自分とは、決して仲の良いとは言えない間柄であるし、事あるごとにトーリスや他の国々をいじめるイヴァンにアルフレッドは良い感情は抱いてはいなかった。
「やあ」とだけ声をかけアルフレッドはイヴァンからできるだけ離れた席に着いた。
相手が誰だろうと空気を読まずに喋り出すアルフレッドだが、イヴァンが相手だと勝手が違う。話すこともなければ話したいとも思わないし、口を開いたとしても、どうせ腹のたつことしか言わないのだ。
重い沈黙に外出てコーヒーでも飲みながら菊やアーサーたちを待とうかと考えていると、イヴァンがこちら見ていることに気づく。また嫌味でも言うつもりだろうか。
「なにか用かい?」そう聞くとイヴァンはどこか拗ねたような表情を浮かべた。
「僕は別にアルフレッド君のこと嫌いじゃないよ」
予想外の言葉に驚くアルフレッドを無視して、イヴァンは言葉を重ねた。
「みんなは僕を見ると怯えるかこわばった笑顔で逃げていくだけだけど君はそうじゃない。
いつも僕と対等だ、みたいな眼で見てくるでしょ。僕は君のその眼嫌いじゃないよ。
姉さんやナターリヤ以外だとそんなのアルフレッド君だけだもの」
イヴァンは顔を真っ赤にして、いつもしているマフラーに顔をうずめた。その瞳は涙で少しうるんでいるようにみえる。
「だから僕、君ともう少し仲良くなりたいなって思って、今日だってもしかしたら君と喋れるかもしれないって早く来たのに、なのに・・・そんな嫌そうな顔しないでよ」
アルフレッドは自分の心臓が急に暴れ始めたのを感じた。
急にイヴァンの事がこれ以上もなく(ハンバーガーなどよりずっと!)魅力的に見えたのだ。白銀の髪も、大きな体躯も、雪のように白い肌も、アメジスト色の瞳も。同時に相反する気持ちが胸の中で渦巻く。泣かせたくない、泣かせたい、守りたい、いじめたい、触れたい、恥ずかしい。初めての感覚にアルフレッドは軽くパニックになった。
「アルフレッド君?」
アルフレッドの様子がおかしいことに気付いたのかイヴァンはいぶかしげに尋ねる。しかし自分の中の感情に夢中で、返事をしないアルフレッドをどう思ったのか、イヴァンは大きくため息をついた。
「今言ったことは忘れていいよ。別にいい返事がもらえるなんて思ってないから。ただ言ってみた……」
だけ。とイヴァンが続けようとした瞬間、アルフレッドは突然立ち上がった。勢いが良すぎて、椅子が倒れ、大きな音がする。そのことにアルフレッドがかまう様子はない。
「椅子倒れたよ?それに顔真っ赤。熱でもあるの?」
アルフレッドの顔は今では先ほどのイヴァンに負けないほど真っ赤に染まっている。
「き、君の気持はよくわかったよ、イヴァン。君が俺のことをそんな風に思っていてくれるなんて思ってもみなかった。その、でも、俺たちは国だしそう簡単に結論は出せないと思うんだ。わかるだろう?うん。でも、ほんと、気持ちは嬉しい。返事は今度でいいかな。こんな気持ちになるなんて、自分でもおもっていなかったけど、前向きな返事ができると思うよ」
つっかえながら、時には声を裏返してそう一気に話すアルフレッドに押されイヴァンはうなずく。アルフレッドのセリフに所々引っかかる点はあったが、確かに最近(そう、たった二十年前)まで戦争をしていた国と友達になるのはいろいろと戸惑うところもあるのだろう。
その時はただそう思っただけだった。
一月後、イヴァンは自分の発言を後悔する事になる。
あの時感じた違和感をもっと突き詰めていれば、何よりも彼に仲良くなりたいだなんて言わなければ。
そうすればアルフレッドと恋人になるなどというおかしな展開にはなることはなかったはずなのに、と。