プレゼント
ばたんばたんと扉を開けては閉めるあわただしい音と同時に「イヴァン?どこにいるんだい、ハニー?」などと聞き捨てならない呼び名を叫びながら、アルフレッドが近づいてくる。
(来るときには先に連絡してっていってるのに......)
ある時家に帰ったら、我が物顔で彼が我が家のソファーに我が物顔で座っていて心底驚いた事があった。あわてて問い詰めれば、「合鍵をつくったんだぞ!これうちの家の鍵。いつでも大歓迎だからな!」などとほざいたので、思わず殴ってしまった。その後、きれいに整えられ、それなりに値が張るものばかり集められた応接間がどこの戦場かと見まがうほどぐちゃぐちゃになるまで殴りあったが、結局鍵は返してもらえなかった。
「こんなとこにいたのか、ヴァーニャ、探したんだぞ」
勢いよく開けられた扉からアルフレッドは一直線にイヴァンの元へ向かってきた。ハグをしようとしてくるのをさりげなくよけながら、できるだけ冷たい表情をつくる。
「何しに来たの。てゆうか来る時は連絡してねっていつもいってるよね。なんで守れないの?」
「用がなきゃ恋人の家にきちゃいけないのかい。前から思ってたけどイヴァンは愛が足りないんだぞ!」
(足りないどころか、そんなおぞましいもの存在しないよ)
今にもじだんだを踏みそうなくらいに不満気な顔をしているアルフレッドに、イヴァンは頭が痛くなるのを感じた。
「じゃあ用はないんだね?」
「何言ってるんだい!あるにきまってるじゃないか。ばかだなぁイヴァンは」
先ほどまでのしかめっ面が嘘のようにパッと笑顔になったアルフレッドに、イヴァンは思わず拳を握りしめる。ここが僕の家ですらなければ今すぐに殴り飛ばしてしまうのに。
アルフレッドはじゃーんという効果音とともに水色の箱を取り出した。
「何それ?」
「良く見てごらんよ」
手にとってみるとそこにはイヴァンの国の国民的アニメであるキャラクターが描かれていた。けれどそれは見慣れたものと少しちがう。
「え、何これ?白い。なんで?」
「友達を雪の中で待ってたから白くなっちゃったんだってさ。開けてみなよ」
どきどきしながら、すごく高価で壊れやすいものに触れているかのようにイヴァンはそっと箱をひらいた。中にはその白くなったキャラクターをあしらったマグカップがはいっていた。
「かわいいいい。すっごくかわいい。え、もしかしてアルフレッド君、これ、くれるの?」
「もちろん!……といいたいとこだけれど、残念ながらただではあげられないな」
「えっ何すればいいの?お金?いくらだったの」
「まさか!お金なんていらないよ!イヴァンもわかってるくせに。お礼はもちろん君からの熱いキスでいいよ」
ものすごくいい笑顔をしてアルフレッドはイヴァンの手の中からマグカップをうばっていった。
その顔すっごくなぐりたくなるよね!心の中で呟いて睨みつけてもアルフレッドは笑顔のままだ。イヴァンがマグカップのために殴れないことを知っているのだ。
嫌だ、というのは簡単だ。でもイヴァンはそうしてもそれが欲しくてたまらなくなってしまった。
イヴァンはゆっくりとアルフレッドの正面に立った。
(僕のほうが背が高くて、がっちりしてるのに、なんでアルフレッド君は僕のことがすきなのかな)
近くで見ると髪も瞳もキラキラしている。雪にうもれたらわからないくらい色のない自分とは大違いだ。そんな自分からのキスを期待に満ちた目で待っているアルフレッドをすこし滑稽に思う。
「目をつむって」
そう言えばアルフレッドはおとなしく瞳を閉じた。
ちゅっと触れるだけのキスをして、すばやくマグカップを奪い離れようとしたその時、頭の後ろにアルフレッドの右手が回ったかと思うと、口の中に彼の舌が侵入してくるのを感じた。
「ん、ふぁ」
「イヴァン、かわいい」
「ちょっやめ…あっ」
彼の舌はイヴァンのそれを絡め取り、吸い、口内をおもうさま蹂躙した。上あごをなめられた瞬間イヴァンの体がヒクリと震えたのを感じてアルフレッドは嬉しそうに笑う。息が苦しくなり、アルフレッドの肩をたたいた時にやっと、なごりおしそうに唇は離れて行った。
「っ、いきなり何するの?」
息が整わないイヴァンに対し、アルフレッドは余裕の表情で笑った。
「はい、マグカップ。大事に使うんだぞ。使うときは今のキスを思い出すんこと」
そう言ってマグカップを渡したかと思うと、まずいことをしたという自覚はあるのだろう、逃げるようにアルフレッドは扉から出て行った。
「……せっかくマグカップくれたんだから、コーヒーでも飲んで行けばいいのに」
ぽつりとこぼされたイヴァンのつぶやきはアルフレッドに届くことはなかった。
アルフレッドの狙い通り、イヴァンはこのマグカップを使うたびにアルフレッドとのキスを思い出すことになる。そのためそれは、アルフレッドがイヴァンの家に来た時専用のものになるのだが、そのことをアルフレッドが知ることはないのだった。