愛の国
アメリカはまた荒唐無稽な主張をしてるし、イギリスはそれにぽこぽこ怒ってかまう、かまう。
イタリアはパスタを求め泣きわめき、ドイツはそれを叱りつけ、日本がなだめる。
そんな中、ロシアはいつものようにニコニコしながらみんなの様子を眺めている。
「ローシア、また怖いこと考えてる?」
「怖い事って何ー?別にいつも通りだよ」
そのいつも通りが怖いんだっての。
以前、同じような状況で話かけたら、思わぬ爆弾を落とされたことを思い出し、フランスは口の中で呟く。
「みんな楽しそうだよねー。馬鹿みたいだけど、ちょっとうらやましいな」
「仲間に入ってきたらいいじゃないか」
「……うーん、いいや。僕が話しかけると、なぜかみんな固まっちゃうんだよね」
そう言って目を伏せるロシアの切なそうな表情は、なかなかにフランスの胸に迫るものがあった。
ロシアは恐ろしい存在ではあるけれど、黙っていれば見た目はそれなりに美しい。白銀の髪に、アメジストの瞳、がっしりした体躯もフランス好みではある。
何より、お兄さんこういう子放っておけないんだよね。父性本能ってやつ?違うか。
たまにはスリル溢れる恋もいいかもしれない。
「ねぇロシア、今日さ、この後何か予定ある?よかったらお兄さんとデートしない?そしたらそんなさびしい顔二度とさせないけど?」
「えっこの後?この後は……」
「だめだぞ!!」
ロシアが返事をしようとした瞬間、顔を真っ赤に怒らせたアメリカが割り込んできた。
「この後、ロシアは俺とデートなんだからな!フランス、ロシアに手を出さないでくれよ!」
アメリカの思わぬ発言に会議室全体が凍りつく。
「えっ……手を出すなって、えっ、二人はそういう関係なの?」
「言ってなかったっけ?こないだから俺たち付き合ってるんだぞ。ロシアは俺のものなんだからな!」
「俺のものって……そんなおかしな立場になった覚えはないけど?」
コルコルコルコルと攻撃的な笑みを浮かべるロシアに対して「大丈夫さ!その代わり、俺は君のものだからね、もちろんアメリカとしてではなくアルフレッドとして、君はロシアとしてじゃなくってイヴァンとしてだぞ」と満面の笑みでアメリカはあまーくささやきかける。人目もはばからずいちゃつく二人に対し、他の国は固まったままだ。アメリカを溺愛しているイギリスなんかは、顔を赤くしたり、青くしたりと忙しい。
そんな状態から最初に回復したのは、アメリカの次に空気の読めない国のイタリアだ。
「ヴェー、おめでとうー。じゃぁ二人が付き合い始めたお祝いしないとね」
その一言で、氷ついた空気は動きだした。「パーティ!いいじゃないか。おもいっきり盛大にやりたいんだぞ!」と盛り上がるアメリカに、「お、おれは許さないからな!」と怒るイギリス。パーティの準備や驚きのネタに盛り上がる、日本、ドイツ、イタリア、。
そして、それをニコニコと見守るロシア。
……あれ、これなんてデジャ・ヴュ?
「アメリカ、お前ほんとにロシアのことすきなの?」
フランスの発したその言葉は、騒がしい部屋の中でなぜか驚くほど大きく響いた。興をそがれたような面々と、驚いたロシアの視線が注がれるのを感じる。
「だって、お前自分たちだけで盛り上がってるじゃん。ロシアそっちのけでさ。そんな時ロシアがいつもどんな表情してるかアメリカ、お前知らないだろ?ニコニコ笑ってるけど、ちょっとさびしそうでさ。そんな表情に本日お兄さんはキュンと来ちゃったわけ。ねぇ、ロシアやっぱこんなガキやめて、お兄さんにしとかない?幸せにするけど?」
「だめ、だめ、駄目だぞ!ロシアは俺の恋人なんだからな!俺だって、フランスよりずっと前に……気づいてたのに」
アメリカは、勢いよくフランスとロシアの間に割り込んで、わめきあげたかと思ったら、次の瞬間悲しげにうつむいた。
「気づいてたのに、俺は君の恋人なのに一緒にいてあげなかった……。ロシア、俺は君にいつも寂しい思いをさせてるのかい?」
今にも泣き出しそうなアメリカを見て、ロシアは一つため息をつくと、しょうがないなぁというようにくしゃりと笑った。そして、フランスの方にそっと向き直った。
「フランス君の気持はすごくうれしいよ。でも、やっぱり君とは付き合えない。ひまわりはどんなに寂しくてもやっぱり太陽の方をむいてるのが幸せなんだ」
そう言い切るロシアは、先ほどの切なげな表情をした時より、よほど美しく見えた。
「だから、あんまりアメリカ君のこといじめないでよ。別に僕のことだってそんな好きってわけじゃないんでしょ」
「えーそんなことないけどー。ははっ、はいはい、わかったわかった。からかうのはここまで。悪かったよアメリカ」
「ちょっとアメリカ君いつまでへこんでるの?パーティなんでしょ」
とりなすようなロシアの言葉に、凍りついていた空気は元の和やかな雰囲気に戻り、再びみんなが活気をとりもどす。
ここで何も起こらなければ、このままハッピーエンドのはずだったのだ。
だが、さすが空気読めない国NO1だ。
「ロシアが寂しいままなんてダメなんだぞ!」
そう言うなりアメリカはロシアの腰にいきなり抱きついた。
「えっちょ、ちょっと、アメリカ君?ものすごく邪魔なんだけど」
「でも寂しくないだろう?今日はずっとこのままなんだぞ」
アメリカは得意げな顔でロシアに宣言した。
宣言通り、会議中も、その後の急きょレストランを借りてのパーティの間もアメリカはロシアのそばを決して離れようとせず、ロシアから思いっきりうっとおしがられることになる。
今も、トイレに行こうとするロシアが、それでも離れないアメリカにちょっとキレている。
「フランスさん、本当に冗談だったんですか?」
「何がー」
二人の痴話喧嘩を眺めていると、いつの間にか日本が横に来て、いつも以上にミステリアスな笑顔をこちらに向けている。
「わかってらっしゃるくせに……昼間のロシアさんへの告白ですよ」
「何々?失恋したお兄さん日本慰めてくれるの?抜け出す?パーティ」
「あはは、善処します。ロシアさんのこと寂しそうと言っておられましたが、フランスさんこそ、今少し寂しそうですよ。結構本気だったんじゃないんですか?」
「お兄さんはいつだって本気ですよ。そうじゃないと面白くないでしょ?お兄さんは愛の国だからね」
「……いつかあなたが本当に本気になれる相手が見つかるといいですね」
「どういう意味さ」
「さぁ」
にっこりと笑う日本にこちらも笑顔を返す。
「ケーキ食べに行こうか、ここ結構おいしいんだよ」
「いいですね、行きましょうか」
会場の中心で幸せそうに笑いあう二人を見る。
アメリカはいつか知るだろう。恋は楽しいばかりではないと。苦しく、辛く、醜い一面もあるのだと。
願わくば、可能な限り長く彼らに幸いを。
いつか終わる恋だとしても。