空に光る
元親はいつも突然やってきて、我に突拍子もないことを言う。
この前はカツオを持ってきたから食え、その前は山奥の温泉に入りに行こう、我にも日常の執務があるのだからやめろと言ってもまるでその言葉だけが聞こえないような態度をとる。都合のいい耳だ。
このときはもう日が落ちて、我も床についたころにやってきたのだからより一層驚いた。
「日の出を見に行こう、元就」
いつのまに我の寝室を知ったのだろう。こんな時間に表を通すはずがないのだから、おそらく勝手に忍び込んだのであろう。
いかにも賊のやることだ、と眠い目を擦ると元親は我の着るものをいそいそと取り出して(勝手に)、なかなかに手際よく着せた(無理やり)。
それから見晴らしのいい海沿いの崖に連れてこられたのだが、これまた道中に疲労困憊した。
まず城を抜け出す時、やはり許可なく侵入していたようで我にも塀を越えろと言う。もうどこから突っ込んでいいのやら呆れて立っていると、あろうことか我を背負って塀を乗り越えたのだ。
確かに元親は背は高く、楽に登り降りしてみせたが、背負われてる身としては寿命が縮んだ。
そのあとは何故か前抱きにかかえ直されて飛ぶ槍に乗って移動した。
道はない森の中を進むものだから葉や木の枝が頻繁に当たる。捕まる力を強めて元親の肩に顔を埋めているとしばらくして
「ヤバい、ヤバいよ…ヤバいよ元就…」
「なんだ?出川か?」
「む、息子が…」
「信親がどうかしたのか?」
「なんでもない…っ」
地に足のついていないような父親に育てられたのに信親はよくやっていると思うがそれなりに悩みもあるのだろうか。
それとも我が毛利家秘伝の子授けの秘密を聞き出そうとしているのか。断じて言わぬ。洩らしてなるものか、と決意を堅くした。
崩れないかと岩肌を二、三度蹴って硬度を確かめた後にそこに腰掛ける。
こっちから出るのか、と元親が我の隣にどっかと座る。
空を眺め始めたころはまだ青黒く星が見えていた。
途中で我慢を切らしたのか元親がああだのこうだの下らない話をし始めたから、すねを蹴って黙らせた。
だんだん空が白んできて日が頭を出す。
心地いい光に包まれながら日輪に手を合わせた。
目をしばしばとさせて手のひらを額に当てながらそれを眺めていた元親も我の姿を見てあわてて手を合わせる。
そちらに興味があるとは思えないが、念仏を唱え始めると我を気の抜けたような面で横目に見ていた。
その様子は稚児のようで愛らしいとは思うけれど、元親だと理解すると全く可愛げがない。
「たまには別の景観で見るのもよいな」
「だろ?」
ふと見やると、朝日に照らされる元親の屈託のない笑みが日輪と同じくらい輝いて見えた。
そして日輪を眺めた時と同じくらい気分が高揚しかける自分を抑止する。
「うるさい!」
「だっ…いきなり殴るなよ!いちいち暴力的だな」
「いちいちカンに触る物言いをする貴様が悪いのだ!日輪を語るなど10年、いや100年早いわ!」
それからまたあの妙な武器に乗って城壁の外まで戻って来たのだが。
「…もう帰るのか」
「ああ、勝手に殿連れ出して~って怒られそうだからな」
じゃあな、と振り返りもせず去っていく後姿をなにをするでもなく眺めながら、胸に渦巻く感情に理由をつけようとしていた。
背を返して門に向かって歩き出す。
まぶしい日差しが心地よくて、永遠について柄にもなく考えてしまう。
まどろんではいないけれど、眠い目をこする。
.