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2.14

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何年も前の2月14日だった。
あの日は雨の日で、濡れた傘を畳みがら自席に向かうと、小さな箱が置いてあった。
赤い可愛らしい包みの外側にはピンクのリボンがかかっていて、名刺くらいの白いカードが挟まっていた。
《昼休み屋上で待っています》
そこにはこんなメッセージが書かれていた。
ありがちな出来事だが、自分には今までなかったことで、でも心当たりがあるでもなく、複雑な気持ちのままそのメッセージに従った。

昼前には丁度よく雨が上がっていた。風は少し強かった。
そこにいたのは同年代くらいの屈強な男だった。何かの間違いかと思ったが、我はその男に告白された。
その男とは同期でよく知っていた。会話も頻繁にしていた。ほとんど口論だったが。
それでも男には興味なかったし、最初から人間的に好きな方ではなかったから、その申し入れを断った。
酷く簡単に吐き捨てた。

それから自分たちは疎遠になった。どう接してよいものかお互いにわからなくて前のように口論すらしなくなった。避けられているような気がした。
自分が招いた結果だ。しかし違和感があった。今思えば疎外感だ。知らない感覚だったから、困惑の深みにはまった。
あの時のまま、仲がいいとは言えないくらいでいいから、元に戻りたかった。
あの日、あの時、別の選択をしていたら…。
そんな後悔の念を抱き続けたまま数年がたった。
我とあの男は別の部署になり、結婚もしたと聞き、間もなく退社して行った。なんでも外資系の企業に転職したらしい。


そして、駅のホーム。
雨の2月14日16時。
もう一生出会えないと思っていた人の、その背中を見つけた。
息が止まる気がした。
新幹線に乗り込もうとする彼の腕を焦りながらも掴んだ。
見慣れた顔に鼓動が一気に高まる。

「あ………」
「ちょうそ、かべ」

彼は驚きながらも言葉が出ないようで曖昧に笑って見せた。

「好きだ、好きだった。あれからずっと…あの日から…。ありがとう」

思ってもいなかったような言葉が口から溢れ出す。
好きだった…そう、好きだった。今思えば、好きだったのだ。
長曾我部がふと手を伸ばしてきて、我の頬をぬぐいながら困ったように笑って。

「もう少し早く言ってくれればな」

そこで初めて自分が涙を流していることに気づき、さりげなく拭く。
雨を降らしながらも青く澄む空のように、不思議と我は笑っていた。

「よいのだ。我にも家庭が出来た。今になればあの日々は楽しい思い出だ。ありがとう。好きになって、よかった」

自分の口ではないような錯覚を起こすほど饒舌に思いを伝える、心の中の何か。
その瞬間、新幹線が出発の音を鳴らした。
やはり言葉がみつからないのか、口を何度か空転させたあと、無言で乗り込む長曾我部。
無情にもドアは閉まり走り去った車体。
もし、強引にドアの中に引っ張りこんでくれたなら…なんてな。馬鹿げている。
立ち尽くすには体が熱を持ちすぎていて、我は足早に駅を出た。

雨は便利だった。
瞼の熱を冷ましてくれるし、とめどなく溢れる涙も空からの雫として誤魔化してくれた。
今の会社に入社して間もなかったあの頃のことを思い出す。
比較的優秀だった我は人に意見をされる機会があまりなかった。そんな我に臆することなくぶつかってきたのはあの男が初めてで、今は愛しく思える。
わからなかったのだ。あの頃は。愛しい気持ちがわからなかったのだ。恋のときめきがわからなかったのだ。思い出とあの贈り物をくれた人の愛情がわからなかった。

明確に別れを告げて、そして再会した、あの日と同じ日を記念日にしよう。
雨が上がった星空や青空は、二人だけの空にしよう。




作品名:2.14 作家名:ねぎみそ