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コアラ

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「ほい、阿部。」
水谷がおもむろに差し出したのは超ポピュラーなチョコレート菓子のパッケージだった。
3時限の授業が終わった後の休み時間、次の4時限目は移動教室ではないので、短い休息をなんともなしにいつもの野球部メンバーの阿部と水谷とで過ごしている。
別にクラス内で友達に困っているわけでもないし、朝の5時から夜の9時までみっちりと練習で顔をつき合わしている連中と休み時間まで自分でもよく飽きないなと思わないわけじゃない。
しかしここまで四六時中一緒にいるとそんなものは軽く通り越してしまって、高校に入学してからかなり早い段階であっさり中学からの友人達とのそれをも追い抜く居心地の良さが出来上がってしまっていた。
荒れた岩肌の土地もいつかなだらかな丘になるようにどんなにバランスが不安定なものでも時間が経てば落ち着いた形に納まるものだ。特にこの二人のうちの片方とはそれを痛感する。
第2グラウンドのバッターボックスに立って怒り心頭していたあの時にはこいつとこんなふうに打ち解けられるなんて1ミリたりとも想像していなかった。よもやそれ以上なんて。しみじみ思い返す。
この二人もこの時間はオレの机に集まってくるのがどうやら習慣であるらしい。
阿部と水谷の席を直線で結ぶと丁度その間に俺の席があるので、なんて移動距離云々の問題ではなく、単にオレと阿部がプチ主将会議を開いていたら水谷が混ざりに来るんだな。必死で。
早朝から体を動かしまくっているせいもあって、どんなに家族が目を丸くする量の朝食を平らげて来てもこの時間にはすでに腹が減ってしまう。
脳内ホルモンを活性化させるためにはどうとかなんてシガポの解説もこうなるとただの念仏で、結局我慢出来ずに誰ともなく持ち寄った菓子、ひどいときには弁当をつまむのだけれど、今日は水谷がさあ食えと張り切って菓子箱を差し出してきた。
空腹に加えて眠気もやってきているのか、前の席のイスを奪いオレの机でだれている阿部の顰められた眉間の先で六角形の筒がぽっかりと口を空けている。
タテに長いから紙箱の中の銀の袋の奥はよく見えない。
恐らく想定された対象年齢の子供の手なら丁度いいのだろうけど、正直骨張ってきた自分達の手にその穴は小さかった。
「なつかしーモン持ってきてんな。」
確かに小さいころはよく食べた。そのほとんどデザインの変わっていない気のするパッケージを眺める。
「家のお菓子ボックスに入ってたから持って来ちゃったー。」
と持参した当人はすでにもぐもぐと口を動かしながら妙に機嫌がいい。
ところでお菓子ボックスってなんだ。いやなんとなく解らなくはない。女が中心に回ってる家庭というものはどこも同じだ。しかしそれに迎合するかといえば別問題なんだが。
別に水谷の機嫌が良いのは構わない。いや誰なら悪いというわけでもなく、穏やかな休み時間を過ごせるならそれで良いのだけど。
それに反比例するように元々低いテンションを急下降させてしまうのが阿部なわけで、そしてこいつの機嫌が悪いのはいろいろとやっかいだ。
「コアラのマーチ食ってるだけで人をこんだけイラつかせンのも才能だよな。」
「阿部なんで目が怖い感じになってんのっ」
急下降、ある意味急上昇。三橋辺りなら途端にブルブル怯え出しそうな不穏なオーラがブワリと立ち上る。
黒いタレ目の凶悪度がぐっと増した。
せっかく分けてあげようとしたのにさー、と差し出していた箱をがさがさと揺らす水谷は阿部のその不機嫌オーラを気にした風もない。
慣れというのか、阿部のこういう時の本気の度合いも、もう大体解る。
机にもたれていた体を起こして、阿部はポケットから出した手の中指と人差し指を箱に突っ込んだ。
「まぁコアラに罪はねーし。」
「オレにも罪とかないよね!花井もスルーしないでよ!」
多少生ぬるい目線を送っていたのが見つかった。水谷はよくわからないところで目ざとい。
「オレは泉を見習うことにしたんだよ。」
我らが西浦高校野球部の誇る天然二人組みの扱いについて慣れたぜと言ってのけるまでの苦労が垣間見える。今では絶妙のタイミングで制止に入る以外は基本的に放任主義の9組保護者だ。
反論してこないあたり自分は関係無いと思ってそうな気のする阿部は指先にひとつコアラをつかまえていた。
お前も案外手がかかるんだけどな。その手のかからないところが。オレが勝手に気にしているだけかもしれないけれど。
「あーーーっ!」
「っせぇクソレフト!」
阿部がつまんだコアラをひょいと口に放り込んだところでまたうるさいのが騒ぎ始める。
せっかく落ち着きかけたかと思ったのに今度は何だ。
「だってだってー!」
「なんなんだよさっきからお前うぜーよ。」
「お前ら・・・。」
せっかく傍観を決め込もうとしてもどうもこの二人はなかなかそうさせてくれない。
「何、どうしたわけ。」
「だって阿部すぐ食べちゃうんだもん!」
「食えっつったのお前だろ」
「なんか悪ぃの?」
「じゃなくってさー」
がさがさと水谷がまたひとつコアラを取り出してみせた。
「ほら、コアラの絵っていろいろあるじゃん?でね?
ハートがついてるコアラがでるとラブ運がいいんだって!」
くだらねぇ。
くだらない上に方向性が悪い。
とりあえずやかましい方から黙らせようと水谷に助け舟を出したのが失敗だった。
「なのに阿部ってば絵見ずに食べちゃってさー。あれ二人とも反応薄くない?」
盛り上がるところだよってお前は本気でそれを言っているのか。
この際その気持ち悪いネタの仕入先は置いておくとしてどう考えてもそんな話をする相手として人選を間違えている。
教室の後ろの方で集まっている女子の輪にでもまぜてもらえばいい。
阿部は完全に寝た。オレの机にもう一度突っ伏して。
怒鳴る気力もないらしい。水谷命拾いしたな。今が昼前で本当によかった。
なのにこいつときたら悪びれもせず
「いーもんねーオレと花井で食べちゃうから!」
なんてふくれ面でガサガサと箱に手を入れている。ってオレもかよ。
「おぉ食え食え。もうそんなモンいらねー。」
水谷はまだ何かやいやい言っているけれども、何かもう本当に疲れた。
疲れたときには甘いもの、で。腹が減っているのはその通りだし、こちらに向けられていた箱の口に手を伸ばす。
ああ、水谷が本当に余計な事言うから思わず手の中のコアラを見てしまったりして。
「・・・おいハート出たぞ。」
言ってからしまったと気付いた。
振り向いた水谷はそれはもう心底うざいキラキラと輝く満面の笑顔で、そして阿部は心底うぜぇという顔でオレをねめつけていた。
見せて見せてとへばりついてくる水谷にコアラを戻してしまおうとするも、食べないと意味がないんだよ!と押し返される。
「あ!花井!これラブコールコアラだよ!」
わかった。わかったからもう黙ってくれ。なんだかもう恥ずかしくなってきた。
「好きな人から電話があるんだって!」
そこまでご教授いただいたところで、休み時間終了のチャイムが鳴った。
結局腹ごなしらしい腹ごなしは出来なかったけれど、水谷は十分楽しんだらしくにこにこと満足げに自分の席に戻っていく。
阿部はおっくうそうに借り物の椅子からガタガタと立ち上がり、オレを一瞥する。
作品名:コアラ 作家名:ワタヌキ