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すずき さや
すずき さや
novelistID. 2901
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「My dear darling puppy」

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「My dear darling puppy」【おためし版:2,442文字】2009年12月29日発行



 グランドの片隅に人が集まっているのが見えた。
 何事だろうかと興味を持ったが、堺はマッサージを受けて早く帰るつもりでいたのでそのまま通り過ぎようとした。しかし、隣を歩く世良が興味津々の顔をして人の輪に入って行ってしまう。一瞬、置いて行ってしまおうかと考えたが、一度持った興味を捨てきれず最後方から様子を探ることにした。

 人の輪の中心に、いつも見かけるスクールの子供たちがいた。その傍で丹波がしゃがみ込んで話を聞いているのが見える。
 以前、行われたカレーパーティの以来、スクールの子供たちはトップの選手たちに対して親近感を持ったようでずいぶんと懐いてくるようになった。
 また、なにかサインでもねだられていたのだろうか。それにしても集まっている人数が多すぎると堺は不審に思いながら周囲を見渡した。
 よくよく見るといい大人たちが随分と真剣な表情だったので、もう一度中心に目を凝らすと子供たちは段ボールを抱えている。その中を覗き込むと茶色の子犬が尻尾を振って愛嬌を振り舞いていた。
 これは厄介なことになったぞ、と堺は感じて後ずさりしようとした時、世良は犬に気付いて嬉しそうに抱き上げた。
「可愛いっすね!」
 いきなり抱きあげて驚かれたらどうするのだ。噛みつかれるぞ、この馬鹿。
 堺は、思わず口に出そうになったが、心配をよそに子犬は嬉しそうに尻尾を振って世良の顔をなめた。
「くすぐってぇ!」
 世良は大声で喚きながらも大喜びで犬に顔をなめられている。茶色の毛並みの子犬と茶色に髪を染めている世良は妙によく似ていた。
じゃれ合っている様子を見て椿がおそるおそる子犬の頭をなでると、やはり嬉しそうに尻尾を振りその手をなめる。椿がすぐに笑顔になるのが見えた。
 それを機に他の選手たちが次々と子犬をなで代わる代わる抱き上げた。嫌がる様子のない子犬は飼われている犬ではないか、という疑問が浮かんだが、これは子供たちが否定した。
「そこにあった段ボールに犬がいたんです」
 子供の一人がグランドの出入り口を指す。
 改めて子供たちが抱えている空っぽの段ボールを居合わせた全員で覗きこむと汚れたタオルと「ひろってください」と、のたくった字で書かれた紙切れが残されていた。
 思わず全員で大きくため息をつくと、子供たちが不安げに大人たちを見上げた。こんなに大きなため息は決定機にシュートを外した時でも滅多に聞けない、と堺は思ってしまった。
 子犬は周囲の様子を全く気にせず元気よく「ワンワン」と、吠えていた。

 全員で暗い顔をしていても仕方がないというように丹波は勢いよく立ち上がると努めて明るい声を上げて周囲に呼び掛ける。
「捨て犬みたいだな。どうする?」
 だが、腕を組んで立つ丹波の姿を見て実は内心かなり困っているのだろう、と堺は感じた。
 同様に腕を組んで様子を見ていた緑川は
「とりあえず保護しないとまずいな」
 と、口を開いて周囲を見渡すが反応はない。
「ねぇ、誰か飼えないの?」
 丹波が子供たちに声をかけると一斉に首を横に振る。
 事情を訊ねると商店街の家の子供たちらしい。客商売をしている家庭では犬を飼うことは難しいだろう。
 ふと、視線を感じて顔を上げるといつの間にか再び犬を抱いた世良と目が合った。茶色い毛並みの2匹の小動物?が自分に向って助けを求めているように感じて堺の心が少し痛んだ。
 今現在、堺には子犬も世良も飼う予定はない。
 堺は「おれは無理」と、首を振ったが世良と腕の中にいる子犬は黒い瞳でじっとこちらを見つめているので、いたたまれない気持ちになる。
 子供たちにも子供たちの事情があり気軽に犬を預かれないとなると、残された大人たちは「さて、どうするか」と、話題にしたがらない空気が漂い全員が口を閉ざす。犬を飼う余裕を誰も持っていない。
 責任が生じる。費用がかかる。まともに面倒を見ることができない。第一、面倒臭い。余計な厄介事に巻き込まれたくない、とその場にいる全員はそう思っている顔だ。
 だからと言って生き物に対して非常に離れず、消極的に引き取り手が現れるまでは面倒を見ようという話でまとまるのだろうか。
 しかし、引き取り手が現れない場合はどうするのか。保健所へ持ち込むという非道なことは避けたい。そう思ってはいても誰も責任を持つことはできない。
 堂々巡りの思案に暮れ、この場にいる全員で「うーむ」と、唸っていても埒が明かない。
「チームで飼うってどうよ?」
「クラブハウスで飼うのかよ」
「達海さんが住んでるし大丈夫じゃないの?」
「番犬の代わりにするとか?」
「適当なこと言うなよな」
「誰が面倒みるんだよ」
 一人が冗談めかして適当な意見を言うとそれに乗じて別の人間がくだらない返事をしてつまらない言い合いとなった。
 その内に夏木の娘の情操教育に良いのでは、と言う意見も出た。しかし、夏木の話によると「娘は動物アレルギーなので無理」らしい。
 3人寄れば文殊の知恵という言葉があるが、3人以上集まっても答えは出ない。話し合うが答えを出せずにいる大人達の様子を子供たちがじっと見つめていた。
「うーむ」
 再び全員が唸り声を上げる状況下で、石神は軽口を叩いた。
「ま、とりあえず引き取り手を探そうよ」
 そう言って場を収め、世良の腕の中にいる子犬の頭をなでた。子犬は自分の頭をなでる石神の手をしきりになめている。
「愛想も良いしどうにかなるんじゃない?」
 丹波も石神の調子に合わせて適当な言葉を打つと不安げな顔をしている子供たちに向って笑顔を向けた。
「どうにかなるよ、心配するなって」
 石神の軽い調子の言葉を聞いて子供たちは不安そうな表情が消えて明るい笑顔になる。
「暗くならないうちに帰りな」
 丹波の言葉に子供たちは、ほっとした表情を浮かべるとスポーツバッグを手に取り頭を下げた。
「お願いします!」
「さようなら!」
 子供たちは口々に言うと段ボールを置いてそれぞれの家路へと駆けだした。
「気をつけて帰れよ」
「寄り道するなよ」
 石神と丹波がその後ろ姿に向けて適当なことを言うと、子供は笑って振り返り元気に手を振った。

(To be continued…)