A sweet pain
「A sweet pain」【おためし版:2,839文字】2009年8月23日発行
おんぶお化けに押しつぶされそうになる夢から覚めると、おんぶお化けの代わりに抱きつきお化けがいた。
堺は寝苦しさと腕のしびれで目を覚ますと、体の左側だけ異常に汗をかいていることに気付く。動かない左側に目をやるとべったりと世良が抱きついていた。
二人が恋人同士になってから何度目かの朝をこうして迎えた。
「堺さん……ふふっ」
世良は幸せそうに笑ったままの寝顔で自分を呼んでいる。肩に鼻先を押し付けて幸せそうに自分のことを呼ぶ世良は可愛いが、少々暑苦しい。
堺は舌打ちをして世良の腕を引きはがす。世良が堺にくっついたままの状態で寝ているのでベッドのスペースかなりゆとりがあり、堺はそこへ寝返りを打って移動する。誰もいなかったシーツは冷たく心地よくて汗が引くのを感じた。
「もう少し寝かせろよ。ばか」
呻くようにつぶやいて堺は掛け布団を引っ張ると再び目を閉じた。
「あ、あれ?」
しばらくすると世良は堺が自分の真横にいないことに気付いて目を覚ます。少しスペースを空けて眠っているのが目に入り、世良は腹這いに近づこうとした。それを察した堺は近寄ろうとする世良に蹴りを入れた。
「痛いっす」
「くっつくな、暑苦しい」
「いやっすよ」
世良は堺の声を無視して無理やり抱きつくと、再び鼻先を肩に押し付ける。
「むふー」
と、言いながら鼻で息を吸い込む。その仕草を子犬がぬくもりを求めてくるように堺は感じる。ふんふんと鼻をうごめかす世良は特に犬っぽいと思う。
しかし、鼻先をくっつけてくる世良はあまり気持ちのいいものではない。
「匂いを嗅ぐな、ばか」
堺は非難の声を上げるが、世良は動じず腕の力をますます強める。
「あー。いい匂い」
世良は目を閉じてうっとりした声でつぶやいた。
「気持ち悪いよ、お前」
堺は肘で世良の体を押すが頑として離れようとせず足まで絡みつけてくる。柔道の寝技かよ、と堺は思いながら外そうとするが世良は心得でもあるのかなかなか外れない。
「いやっす」
「ああ、うざい」
堺は起き上がるために世良の腕を強引にほどく。そして、世良の足を力一杯と叩くと渋々という感じで堺の足を絡め取っていた力を抜いた。堺は、急いでベッドから這い出ると床に座り込み、眠い目をこすりながらサイドボードの時計を見上げた。
「まだ、6時前かよ」
不機嫌につぶやきながら大きく伸びをした。
「しょうがねぇな、起きるか」
ベッドの上で「一緒にいましょうよぉ」と、寝惚けた声を上げる世良を無視して堺は立ち上がった。
世良はベッドの中で夢うつつのまま堺が動く気配を感じる。しばらくの間、その物音を聞きながらベッドでまどろんでいたが、一人でここにいる意味はないのでむっくりと世良も起き出す。寝惚け眼のまま、のそのそと寝室から顔を覗かせる。
「おはよーっす!」
堺の背に向って朝の挨拶をして洗面所に向った。
世良が顔を洗っている間に堺はコーヒーメーカーをセットして冷蔵庫の中を物色する。
「ま、適当でいいよな」
一人つぶやきながら朝食の準備をしていると、さっぱりとした顔つきをした世良が戻ってきて台所に立つ堺を見て驚く。
「あれ?堺さん、もう着替えたんすか」
「いつまでもパジャマだと落ち着かないからな」
きちんとしている堺らしい言葉に世良はふんふんとうなずく。
「お前も着替えてきなさい」
堺はきつい口調で言うが、世良は気にした様子もなく「はい!」と、元気よく返事をすると着替えるために寝室へ消えて行った。
世良は、先日から契約内容が変わり退寮することになった。本人いわく「前から狙っていたんすよ」と、言う堺の住むマンションから目と鼻の先にあるワンルームマンションへ引越しを果たした。
念願の一人暮らしを始めたのではなかったのか、と堺は首をひねるが世良は何よりも堺の傍を離れたくないという気持ちが強い。
寮にいた頃から何かと理由をつけてはやって来ていたが、寮を出てしまうと距離の近さもありますます堺の部屋に入り浸るようになった。現在、一人暮らしはおまけのような状況である。
堺は世良に「アポイントなしで来ないように」と、毎回きつく言うが、昨夜も前触れもなく世良は現れた。
何も食べていないっす。おなか減りました、と憐れな声を上げながら部屋に上がりこんできたので堺は思わず夕飯を一緒に食べてしまい、そのままの流れで一つのベッドに寝ることになった。
「お前、アポなしの泊まりは駄目って言ってるだろ」
着替え終えて出てきた世良に向って堺は文句を言う。
「急に会いたくなったんすけど、駄目っすか?」
朝食の準備をする堺の隣で世良は眉を下げる。
「分別の問題」
「じゃ、一緒に住んじゃいましょうよ!」
世良は気軽に言うと堺はとんでもないという顔で首を振る。
「お前はちゃんと自活する。自炊すること。おれは母ちゃんじゃないんだから」
「どっちかってーと、お嫁さんじゃないっすか?」
世良の言葉に思わず後頭部を思い切り叩く。
「痛いっす」
「絶対にいやです」
憮然とした表情で堺は世良をにらみつける。すると相手は理由が分からないという様に首をかしげた。
「そんなにいやっすか?」
「いやだよ、気持ち悪い」
堺の言葉に世良はしょげた顔をする。
「いつも言うけど自立しなさい」
「はい」
「分かってるのか?」
「分かっています」
「もう、来るなよ」
世良が素直にうなずくので堺は念を押すと
「それはいやっす」
即答で首を振るのを見てため息をついた。
「あのさ。いつもおれがやってやるばっかりだと自立しないだろ」
「はい」
堺の言葉に世良は渋々うなずくが、納得のいかない表情のまま固まる。それを見て堺は仕方ないというように苦笑した。
「じゃあ、たまにはやってくれよ」
「え?」
世良は思わず隣の堺を見上げた。
「朝飯を作ってくれたら今回だけは許す」
堺の言葉を聞いて急に明るい表情をした世良を見て堺は目を細める。
そばにいられるだけで一緒に過ごせるというだけで喜びを隠さない世良を見ていつも可愛いと思う。そして、出来るだけ共に過ごしたいと思ってしまう。
しかし、どこかできちんとした区切りをつけなくてはならない、と思うがその素直な態度と表情を見ると厳しくできず、そんな自分に対して思わず苦笑してしまった。
その笑いを世良がどう受け取ったのかは分からないが、目を輝かせて張り切り出した。
「まじっすか!作ります!作らせて下さい」
その言葉に堺はキッチンを譲ることにした。
鼻歌交じりで楽しそうに準備をする世良を見ながら多少まずくても文句を言わずに食べよう。少しでも良いところがあればほめようと覚悟を決めた。
世良の場合はほめて育てる方がいいかも知れない、と思いながらマグカップを片手に独楽鼠のように動く世良を見守る。色々と手出しをしたくなるがそれを我慢していると、あまりの手際の悪さにストレスが溜まったので堺はキッチンから目を離した。
ふと、いつもは香ばしいと感じるコーヒーの匂いに違和感を覚えて眉をひそめた。空腹のせいか妙に胃のあたりがちくちくと痛み出す。
おんぶお化けに押しつぶされそうになる夢から覚めると、おんぶお化けの代わりに抱きつきお化けがいた。
堺は寝苦しさと腕のしびれで目を覚ますと、体の左側だけ異常に汗をかいていることに気付く。動かない左側に目をやるとべったりと世良が抱きついていた。
二人が恋人同士になってから何度目かの朝をこうして迎えた。
「堺さん……ふふっ」
世良は幸せそうに笑ったままの寝顔で自分を呼んでいる。肩に鼻先を押し付けて幸せそうに自分のことを呼ぶ世良は可愛いが、少々暑苦しい。
堺は舌打ちをして世良の腕を引きはがす。世良が堺にくっついたままの状態で寝ているのでベッドのスペースかなりゆとりがあり、堺はそこへ寝返りを打って移動する。誰もいなかったシーツは冷たく心地よくて汗が引くのを感じた。
「もう少し寝かせろよ。ばか」
呻くようにつぶやいて堺は掛け布団を引っ張ると再び目を閉じた。
「あ、あれ?」
しばらくすると世良は堺が自分の真横にいないことに気付いて目を覚ます。少しスペースを空けて眠っているのが目に入り、世良は腹這いに近づこうとした。それを察した堺は近寄ろうとする世良に蹴りを入れた。
「痛いっす」
「くっつくな、暑苦しい」
「いやっすよ」
世良は堺の声を無視して無理やり抱きつくと、再び鼻先を肩に押し付ける。
「むふー」
と、言いながら鼻で息を吸い込む。その仕草を子犬がぬくもりを求めてくるように堺は感じる。ふんふんと鼻をうごめかす世良は特に犬っぽいと思う。
しかし、鼻先をくっつけてくる世良はあまり気持ちのいいものではない。
「匂いを嗅ぐな、ばか」
堺は非難の声を上げるが、世良は動じず腕の力をますます強める。
「あー。いい匂い」
世良は目を閉じてうっとりした声でつぶやいた。
「気持ち悪いよ、お前」
堺は肘で世良の体を押すが頑として離れようとせず足まで絡みつけてくる。柔道の寝技かよ、と堺は思いながら外そうとするが世良は心得でもあるのかなかなか外れない。
「いやっす」
「ああ、うざい」
堺は起き上がるために世良の腕を強引にほどく。そして、世良の足を力一杯と叩くと渋々という感じで堺の足を絡め取っていた力を抜いた。堺は、急いでベッドから這い出ると床に座り込み、眠い目をこすりながらサイドボードの時計を見上げた。
「まだ、6時前かよ」
不機嫌につぶやきながら大きく伸びをした。
「しょうがねぇな、起きるか」
ベッドの上で「一緒にいましょうよぉ」と、寝惚けた声を上げる世良を無視して堺は立ち上がった。
世良はベッドの中で夢うつつのまま堺が動く気配を感じる。しばらくの間、その物音を聞きながらベッドでまどろんでいたが、一人でここにいる意味はないのでむっくりと世良も起き出す。寝惚け眼のまま、のそのそと寝室から顔を覗かせる。
「おはよーっす!」
堺の背に向って朝の挨拶をして洗面所に向った。
世良が顔を洗っている間に堺はコーヒーメーカーをセットして冷蔵庫の中を物色する。
「ま、適当でいいよな」
一人つぶやきながら朝食の準備をしていると、さっぱりとした顔つきをした世良が戻ってきて台所に立つ堺を見て驚く。
「あれ?堺さん、もう着替えたんすか」
「いつまでもパジャマだと落ち着かないからな」
きちんとしている堺らしい言葉に世良はふんふんとうなずく。
「お前も着替えてきなさい」
堺はきつい口調で言うが、世良は気にした様子もなく「はい!」と、元気よく返事をすると着替えるために寝室へ消えて行った。
世良は、先日から契約内容が変わり退寮することになった。本人いわく「前から狙っていたんすよ」と、言う堺の住むマンションから目と鼻の先にあるワンルームマンションへ引越しを果たした。
念願の一人暮らしを始めたのではなかったのか、と堺は首をひねるが世良は何よりも堺の傍を離れたくないという気持ちが強い。
寮にいた頃から何かと理由をつけてはやって来ていたが、寮を出てしまうと距離の近さもありますます堺の部屋に入り浸るようになった。現在、一人暮らしはおまけのような状況である。
堺は世良に「アポイントなしで来ないように」と、毎回きつく言うが、昨夜も前触れもなく世良は現れた。
何も食べていないっす。おなか減りました、と憐れな声を上げながら部屋に上がりこんできたので堺は思わず夕飯を一緒に食べてしまい、そのままの流れで一つのベッドに寝ることになった。
「お前、アポなしの泊まりは駄目って言ってるだろ」
着替え終えて出てきた世良に向って堺は文句を言う。
「急に会いたくなったんすけど、駄目っすか?」
朝食の準備をする堺の隣で世良は眉を下げる。
「分別の問題」
「じゃ、一緒に住んじゃいましょうよ!」
世良は気軽に言うと堺はとんでもないという顔で首を振る。
「お前はちゃんと自活する。自炊すること。おれは母ちゃんじゃないんだから」
「どっちかってーと、お嫁さんじゃないっすか?」
世良の言葉に思わず後頭部を思い切り叩く。
「痛いっす」
「絶対にいやです」
憮然とした表情で堺は世良をにらみつける。すると相手は理由が分からないという様に首をかしげた。
「そんなにいやっすか?」
「いやだよ、気持ち悪い」
堺の言葉に世良はしょげた顔をする。
「いつも言うけど自立しなさい」
「はい」
「分かってるのか?」
「分かっています」
「もう、来るなよ」
世良が素直にうなずくので堺は念を押すと
「それはいやっす」
即答で首を振るのを見てため息をついた。
「あのさ。いつもおれがやってやるばっかりだと自立しないだろ」
「はい」
堺の言葉に世良は渋々うなずくが、納得のいかない表情のまま固まる。それを見て堺は仕方ないというように苦笑した。
「じゃあ、たまにはやってくれよ」
「え?」
世良は思わず隣の堺を見上げた。
「朝飯を作ってくれたら今回だけは許す」
堺の言葉を聞いて急に明るい表情をした世良を見て堺は目を細める。
そばにいられるだけで一緒に過ごせるというだけで喜びを隠さない世良を見ていつも可愛いと思う。そして、出来るだけ共に過ごしたいと思ってしまう。
しかし、どこかできちんとした区切りをつけなくてはならない、と思うがその素直な態度と表情を見ると厳しくできず、そんな自分に対して思わず苦笑してしまった。
その笑いを世良がどう受け取ったのかは分からないが、目を輝かせて張り切り出した。
「まじっすか!作ります!作らせて下さい」
その言葉に堺はキッチンを譲ることにした。
鼻歌交じりで楽しそうに準備をする世良を見ながら多少まずくても文句を言わずに食べよう。少しでも良いところがあればほめようと覚悟を決めた。
世良の場合はほめて育てる方がいいかも知れない、と思いながらマグカップを片手に独楽鼠のように動く世良を見守る。色々と手出しをしたくなるがそれを我慢していると、あまりの手際の悪さにストレスが溜まったので堺はキッチンから目を離した。
ふと、いつもは香ばしいと感じるコーヒーの匂いに違和感を覚えて眉をひそめた。空腹のせいか妙に胃のあたりがちくちくと痛み出す。
作品名:A sweet pain 作家名:すずき さや