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アマランタ

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初めて千景さんに会った時のことを、僕は覚えていない。
僕の両親は共働きで、更に両親の両親、つまり僕にとって祖父母にあたる人たちとは離れて暮らしていたから、僕は早くから近くの保育園に預けられていた。2歳になるかならないかの時からだと聞いているから、たぶん、千景さんに会ったのもその頃なのだろう。
おぼろげに残っているのは、保育園に通うのはさほど嫌ではなかったという記憶。今でも母はその時のことをよく話題にし、「普通の子はお母さんから離れたがらなくて泣いちゃったりするのに、帝人はさっさとお母さんの手を離れて走っていっちゃったのよね」と嘆いた。物心がつく前の話題で責められても正直困るのだけれど、その時僕が薄情にも母の手を離し駆け寄っていった先にいたのが千景さんで、つまり千景さんと僕はこの時からの付き合いということになる。(ちなみに正臣は千景さんが卒園するのと入れ替わりで入園してきた)

千景、と発音できなかった幼い頃の僕は千景さんを「ちーちゃん」と呼んでいて、千景さんは(発音できなかったわけではないだろうが)僕のことを「みか」と呼んでいた。初めて見た時男なのか女の子なのか分かんなかったんだ、と千景さんは僕に初めて会った日のことを感慨深けに云う。まあ、今でもかわいいんだけどな。嬉しくもない一言を付けることも忘れない。

両親が忙しく兄弟もいない僕は、どこに行くにも何をするにも千景さんにくっついていた。同年代の友達と遊んでいた方が楽しいだろうに、千景さんも僕の面倒を良く見てくれていて、知らない人からみたら僕たちはまるで仲の良い兄弟に見えただろう。僕も千景さんが本当にお兄さんだったらいいのになあといつも思っていた。


(だって、兄弟だったらずっと一緒にいられるし)


僕はパソコンのキーボードを叩く手を休め、ベッドに横になっている千景さんを眺める。
自分の腕を枕にして眠る千景さんは寝返りひとつ打たず、同じ体勢のまま眠っている。少し伸びた赤みがかった髪から覗く顔は少し腫れていて、ところどころ絆創膏が見える。投げ出された腕には包帯が巻かれていた。見るからに痛々しいその様子に顔をしかめ、そろそろ約束していた1時間になるなと僕は小さくため息を吐く。

千景さんがひどい顔をして家にやってきたのは、試験期間でいつもより早く帰宅していた僕が、まだ両親が帰ってきていないのをいいことに部屋のパソコンを起動させようとしていた時だった。
呼び出し音に不機嫌になりながらも玄関のドアを開けた僕の前に立っていたのは、見慣れた千景さんの見慣れない姿で、彼は僕の姿を見ると、普段と少しも変わらない調子で「みか」と僕を呼んだ。僕は状況が全く飲み込めずに混乱していたのだけれど、反射的の千景さんの手を引っ張り部屋まで連れて行き、部屋に千景さんを残して今度は家中を引っ掻きわして救急箱を探し出し、千景さんの目の前に置いた。彼はただ苦笑し、僕は必至だった。怪我の手当てをするといっても僕にそんな経験はないし、何をどう使えばいいのかも分からない。とりあえず消毒と、血が出ているところには絆創膏を貼って、あとはよく分からないけれど包帯を巻いてみた。千景さんは無言で、僕も何も訊かない。僕の頭を廻っていたのは、ただ救急の最低限の知識くらいは学んでおくべきだなという意識だけだった。

一通り怪我の処置が終わり僕が救急箱の蓋を閉めたのを合図みたいに、千景さんは「ちょっと寝てもいいか」と呟いた。僕の名前を呼んだ時には気がつかなかったけれど、ひどく疲れ切った声だった。僕は頷き、千景さんは「1時間経ったら起こしてくれ」と僕のベッドに倒れこんだ。
それから、およそ、1時間。


僕はこのまま千景さんを起こしてしまってもいいのかと思案する。椅子から立ち上がり、そっとベッドに近付く。千景さんの静かな寝息に合わせるように僕も呼吸をする。昔から変わらない柔らかい髪に触れると、するりと指を抜けていった。

何故年下の僕の面倒を見てくれたのか。昔千景さんに訊ねたことがある。彼は笑って、「だってお前、なんかいつも不安そうで、泣き出しそうで。俺が手を差し出すとその手をおそるおそる掴んできて、そいでぎゅっと握ったんだよ」とその時を懐かしむように右手を見つめた。

「そりゃあ、俺が傍に居てやんなきゃなーって思うだろ。普通」

その言葉は、今でも有効なのだろうか。今でも千景さんは僕を心配して、傍にいてくれるのだろうか。
僕は、千景さんが高校に入ったくらいの頃から、なんとなく千景さんが遠い存在になってしまった気がしていた。昔みたいに遊ばなくなったのは勿論、時々街で見かけても彼はいつも僕の知らない誰かと一緒にいて、声をかけることさえできなかった。(ちょうど正臣も転校してしまって、僕は突然一人ぼっちになってしまったような感覚に怯えていた)(それが甘えだってことは自覚していたけれど、それを受け入れることも、立ち向かうこともできず、僕は無為に日々を過ごしていたんだ)

このまま千景さんまでいなくなってしまうのかな。云いようのない不安は僕の中で静かに膨らんでいく。


「千景さん、」

呼んでみる。
彼の呼吸音は変わらない。
なんとなくほっとして、僕は微笑む。

ふいに伸びてきた千景さんの右手が、僕の腕を掴んだ。





「みかど」

作品名:アマランタ 作家名:けい