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例えるなら、君の空は

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「じぇーいー!!!」

青空にさえ穴でも開けてしまうくらいの元気の良い声が、背中にかけられた。
振り返るとぴょんぴょんと飛び跳ねるような勢いで、青い髪が駆け寄ってくる。

「豪くん」

微笑んで名を呼ぶが、

「どうしたんだよ、間抜けな顔してぼさっとしてよ!」

他人が聞いたら怒ってしまうのじゃないかと心配になるような返しが戻った。
しかし、豪のことをよく知るJは、彼に欠片も悪気はないことを知っているからただ苦笑するだけだ。

「ちょっとね、空を見てたんだ」

「空?」

「うん、」

きれいでしょ?
見上げる視線の先に、所々に浮かぶ雲、本来なら真っ白なそれは、夕闇に迫られて薄く紫墨を落としたように霞んでいる。
深い蒼に変わろうとしている青を彩る、まるで飾りのよう。

「そうかあ?俺は昼間の空の方がきれいだと思うけど」

首を捻った豪には、確かに真昼の底のない水色が似合う。
彼の明るさを伝えるのは、真昼の輝かしさそのもの。
まるで太陽みたいな友人に、Jは小さく微笑んだ。

「そうだね、豪くんには昼が似合ってるかも。……烈くんだったら、朝の空って感じかな」

「兄貴?」

「うん。朝日の眩しさが烈くんに似合うかなって」

「………俺のフトンをひっぺがしに来るときの兄貴は、下手な朝日より威力あるぞ」

「あはは、そうなんだ」

笑い事じゃねえよとぶつぶつ呟きだした友人は、しかし、ややもするとひょいと顔を上げた。
その顔はもう明るい笑顔に切り替わっている。

「Jは?」

「え?」

「Jは何だろうな、お前、ものすごくのんびりしてるからな……」

確かに、のんびりしてる、とか、大人しい、とかそんなことは普段から言われないでもなかったけれど。
ううんと考え込んだ豪が、顎に小さな手を当てて、眉を寄せて難しい顔をした。

「夜、かな」

「………え?」

「うん、夜だな」

とてもいい事を思いついた、とでも言うように、途端ににか、と笑う。
豪は、表情の変化が本当に忙しい。

「もう寝る間際のちょっとぼーっとした時間な。……お前の髪、ちょっと月の色みたいできれいだしさ!」

「………………そう、かな」

「?何だよ、どうかしたのか?変な顔して」

「ううん、何でも、ないよ」

ただ、

「ほんとか?」

「うん。何でもない」

ただ、

「じゃ、行こうぜ!」

「うん、そうだね」

「今日も負けねえぞ、J!」

「うん、僕も負けないよ」

ただ、
ただ昔、

同じことを言った人がいたというだけだ。








『お前は月の日の、夜更けの色だな』

自分からすると夕闇の迫り来る頃の色をしたそのひとは、そう言って少しだけ口元に笑みを浮かべた。
斜に構えた彼が、何も含みを持たせない笑みを浮かべるのはちょっと珍しくて、思わず見とれてしまったのだ。

「どうした、ぼんやりして」

「ううん、別に……」

凭れていた壁から身を起こし、組んだ腕を解いてJに歩み寄る。
頬に触れる手は、いつになく優しくて、自分はかえってびくりと身を震わせた。

「別に、取って食いはしない」

面白がる視線は変わらずに、頬から耳、首筋を滑り、指先は後ろ髪を遊んだ。
くるくると絡ませるほどもない長さの髪を、何度も何度も指に巻くようにして、レイはJを捉えて離さない。

「レイ?」

「月の、色だ」

「?」

晴れた日の、澄んだ空気の日の月は、こんな色をしていると、レイは言った。

「月なんて、」

改まって見たこともない。
自分に課せられているのはレースに勝つことのみ。
そのためになることはなんだってするが、それ以外には興味もなかった。
そうだ、この目の前にレイにだって。
ほんの少し前までは何にも興味などなかった。
知りたいとも思わなかった。
彼が何を考えているのか何て。
自分にはなにひとつ関わりのないことだったからだ。

なのに





『大丈夫か?』

自分の腕を引っ張り上げて、体についた泥を払って、それからレイはそう聞いてきた。
怪我は、と聞かれて、我に返って確かめる。
腕も足も、意志通りにきちんと動く。
落ちた拍子にぶつけたのか、鈍い痛みは感じないこともないが、そうたいした痛みでもない。

「だい、じょうぶ」

「そうか」

気を付けろ、とレイは言った。
無表情ではあったけれど、どこか案じるような響きを感じて自分は驚いた。
助けられたこと自体にも驚いたのだけれど。
それまで、嫌われていると思っていたのだ。
レイは、何かに付け自分を挑発するような言葉をかけてきたから。
どう反応しても何の益もない、そう、自分は思っていた。
他の連中はレイのそういう言動に腹を立てているようではあったが、自分は何を言われても腹は立たなかった。
関係がなかった。
どうでもよかった。
ただ自分はレースに勝つだけ。
それだけが、

なのに、





「この色は悪くない」

「…悪くない、って、」

意味を捉えかねて鸚鵡返しに聞き返す。
レイはふんと口元で笑って、そうしたらいつものレイに思えて少しだけ安堵した。
いつだって自信に満ち溢れて、どこか尊大で傲岸で、
でも、本当は少しだけ優しい、夕闇の色をしたひと。

「嫌いじゃないということだ」

決して素直ではないそのひとがそう言ったことの意味が、あの頃の自分には分からなかった。
言葉通り、文字通りの意味にしか捉える事ができなくて、だから単純に嫌いではないのかと思っただけだった。

「じゃあ、レイ、は、」

「?」

しかし、褒められたわけでもない、何の義理もないのに、自分だけが例えを貰ったままでは何かいけないような気がして、Jは思考を巡らせた。
レイを例えるなら、なんだろう。

レイ、は。
時にとてつもなく激しくて、けれど曖昧で、混沌として、けれど引き込まれるような深みをもったもの。
心地よいばかりではないはずなのに、なぜだろうか、どうしようもなく目を惹かれる瞬間をもったもの。
魅せられてやまない、不可思議な魅力を感じるひと。

ああ、そうか、

「…夕暮れの色、だと思うよ」

「………?」

「僕は、好きだな」

夕焼けではない、西の赤ではなく、闇の迫る直前の東の空。
訪れる夜を迎えるために、ゆっくりと準備を始めた空の色だ。
眩しすぎない、弾かない。
決して道を照らしてくれるわけでもない。
温かい光で包んでくれる訳でもない。
けれど、なんでもあるがままの姿をとけ込ませてくれる。
そんな気がするその時間が、その空が、自分は大好きだったのだ。

「好きだよ」

それだけ、繰り返した。
そうか、とレイが呟いた。

「うん。悪くない、よね」







『嫌いじゃないということだ』

決して素直ではないそのひとがそう言ったことの意味が、あの頃の自分には分からなかった。
言葉通り、文字通りの意味にしか捉える事ができなくて、だから単純に嫌いではないのかと思っただけだった。
今だって、それが本当はどんな意味だったかなんて、分からない。
当人もいないのに、確かめようもない。
作品名:例えるなら、君の空は 作家名:ことかた