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その腹の中に愛を飼う

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よどんだしきゅうのなか ゆがんだかんじょうであいを おもうわ

「みかちゃん、久しぶりぃ」
ふわりと、間延びした甘い声が聞こえ帝人は歩みを留めた。振り返ると人ごみの中、目を細めた彼女は、さらりとストレートの黒髪を揺らし、美しいと十人中十人が形容するような整った顔立ちを歪ませて折原甘楽は笑う。
「・・・甘楽、さん」
帝人は鞄の紐を握り、目を伏せ気味に甘楽を呼ぶ。にこにこと笑いながらかつりとヒールを鳴らし 帝人へ近付く甘楽は、甘ったるい香りを微かに散らしながらふわりと薄付きのグロスが塗られた唇を歪めた。
「みかちゃんに会いたくって来ちゃったぁ。みかちゃんも甘楽に会いたいって思ってくれてたかなぁ?」
むに、帝人の頬を撫でて抓った甘楽がにこにこと笑う。身を固まらせながら携帯を取りだした帝人へ、甘楽は笑みを深めてナイフをとりだし、通行人に見えない角度で帝人の腹元にナイフを当てた。腹部に感じる冷たい温度に帝人は ひ と声を上げ、携帯を落とす。甘楽はくすりと笑い、落ちた携帯を持ちだして電源を切った。
「甘楽ぁ みかちゃんと離れてた8時間24分15秒、すっごく切なかったんだぁ」
だから、みかちゃんもその間切なかったよね?甘楽がそうだったんだもんね?甘楽は熱に浮かされたような瞳を帝人へ向けながら首を傾げた。携帯をするりと自分のポケットにいれた甘楽へ、帝人は目を丸めて腕をポケットへと彷徨わせかける。その手を掴み、目を細めた甘楽は、するりと帝人の腕をとり、池袋の街に溶け込んで歩き始めた。数歩遅れて甘楽に手を引かれ進みだした帝人は、訝しげに眉を潜めて 甘楽さん と呟く。
「池袋にきたら また」
「みかちゃんって何で池袋にいるんだっけ?もう甘楽と一緒に新宿に来たらいいのにね!そうしたら甘楽、池袋に来なくてもよくなるのになぁ」
甘楽はくすくすと笑いながら、なで、と自分の腹をさすった。その様子に帝人は何か不安定なものを感じ、制服のスカートを軽く揺らして甘楽の腕から離れようと試みる。見かけよりも強い力で帝人と自身を繋いでいる甘楽は、ぱちりと瞬きをしてマスカラがついた睫毛を伏せた。
「みかちゃんは、子宮に熱がたまる瞬間のこと知ってる?」
腹を撫でながら、甘楽は唐突に疑問を発する。子宮、呟いた帝人は訳が分からずふるふると首を振って返答の代わりにした。甘楽の笑みは収まることなく、あのねぇ、と呟かれた言葉はどこまでも怠惰で間延びしている。
「女の子はね、恋愛を子宮に溜めるんだよ。恋してる時にお腹のあたりが熱くなって、じわじわ心臓の鼓動が速くなったりしたことない?子宮にぱんぱんに愛情を詰め込んで、女の子は恋をするの。ほらぁ、最終的に赤ちゃんが育まれる場所でしょう?愛と赤ちゃんって似てるんだよね」
「・・・初めて、聞きました 」
帝人が恐る恐る呟いた言葉に、くすくすと笑いながら甘楽は赤い瞳を細めた。柔らかな彼女の微笑みは、しかし表面通りに受け取ってしまうと大変なことになる。知っている帝人は知らず知らずのうちに言葉足らずになり、甘楽は用心深さの隙間に見えるあどけない少女を確認して華がほころぶように笑った。形の良い胸を帝人の腕につけながら、甘楽は舌ったらずな口調で帝人を呼ぶ。
「みかちゃんは、恋をしたことがないんだねぇ。甘楽が丁寧に教えてあげるね?」
にこにこと笑いながら、甘楽は自分の携帯を取り出して、むにむにと操作を始める。開かれたデータに帝人はぎくりと体に緊張を走らせ、頬を染めて 甘楽へ怯えたような視線を送った。
「・・・この間、みたいに?」
甘楽はくすりと笑い、ぱちんと携帯を閉じて帝人から離れる。匂い立つような美しさとは裏腹に、彼女には自身で隠そうともしない毒の香りがした。きっとその毒の先に、更にもっと深い何かがあるのである。帝人は眉を下げながらも、甘楽が伸ばした手を恐る恐る握った。楽しげに甘楽は笑い 心配しないで と首を傾げる。
「甘楽は、みかちゃんのこと愛してるもん。みかちゃんだってそうなんだから、何も心配することはないんだよ。例えば、みかちゃんのやらしいお顔がネット配信されちゃうとか?」
怖いよねぇ、そんなこと。甘楽は確かな執着を隠しながら、帝人へ抱きつき どこかに入ろうと提案をする。帝人はふるふると震えながらも、やがて諦めたようにこくりと頷いた。腹のあたりを駆けずり回る、不穏な熱の正体は愛である。甘楽はすり、と何かを孕む予定もない腹を撫でまわし だいすきだよ と軽く帝人へ呟いた。

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だから、ねぇお願い わたしのこと 好きになってね?
作品名:その腹の中に愛を飼う 作家名:宮崎千尋