【ヘタリア】 寄る辺なく
「ねぇ、きみさぁ。いつまでここにいるつもり?」
イヴァン・ブラギンスキは黒髪の男に問いかけた。男はふいとイヴァンを見たが背を向けてぼんやりとしたまなざしで地平線を眺めていた。
「焦らなくてもそのうち消えるさ」
「な〜んで菊くんじゃなくて君がきちゃうのかな」
「そんなこといいながら俺がどこの何かだなんてしらんだろうが」
「どこのなにって、ほp」
「ちがいます。ざんねんさったな」
「ぼく何も言ってないけどなぁ」
ホンダキクとよく似た外見のこの男をイヴァンが拾ってきたのはずいぶん前になる。かの国との国境付近を無用心にも一人でふらふらあるいていたものだからとりあえずつれてきてみたのだ。危ない人間がいなくとも突如牙をむく自然の脅威から彼を保護したに過ぎない、というのがイヴァンの言い分だ。もしこの本田似の男が自国に帰せと言い出したらいろいろと揚げ足を取りつつそれでも返すつもりだったのになんだか帰りたがるそぶりさえ見せなかった。それ以来休暇用の別荘(といえば聞こえはいいが土地がわりと肥えているだけの寒村にある畑のある家だ)で数十年単位で住み着いてしまった。その間で外的な老化はほとんど見られないのでイヴァンもとりあえず一般市民を連れてきてしまったわけではないのだと安心していたがいい加減うっとうしくなるのも事実だ。
今なおどちらの領土化でもめている土地なのかと思っていたヴァンだがどうもそれとも違うらしく、じゃぁこの男はなになのかと問えば本人も意味深に笑って、なんだろうな、というだけだった。
「きみさ、ぼくがいないときとか普段なにしてるの」
「外の畑お借りして野菜の一つでも作っているさ。さすがにお米はできなくて寂しいが、ずいぶんなれた」
「雪が降り出したらどうするの?」
「家にこもって布団作って、それか本読んでるか書いてるか、雪かきに出るぐらいしかやることがないな。世界屈指の豪雪地帯があるのに冬のすごし方はよくわからんな」
「え、君の家ぼくんちよりあったかいよね」
「昔聞いただけだ。俺の家の一部だが山のふもとや海の近い場所の降雪量は相当なものらしい。俺はいったことがないが。お茶、どうぞ」
雪解けの始まるきせつだがこの男にとっては相当寒く感じるらしくよく着込んだ上に暖炉では大な炎が踊っている。ソファーに座りそれを見つめていたイヴァンはテーブルに置かれた紅茶に目を落とした。本当に「こちら」の生活に慣れきったように男の所作はスムーズだった。おもえば日本から来る人間は良くも悪くもすぐに馴染んでしまうところがある。まだ日本が引き篭もりをしていた頃なんどか漂流者を助けたことがあったが彼らのうちずいぶん多くがロシアでの生活に慣れてしまったりこちらで妻を迎えていた。この男も日本のところから来たというのなら遭難者だった彼らと同じような性質を持っているかもしれないと、おもいながらイヴァンは紅茶に口をつけた。
「雪の降るところには行かないんだ」
「一箇所に留まるのは好きじゃない。あの国の中なら特に、俺がにせものだとすぐに感づかれる」
「にせもの〜?」
「俺が、ホンダキクでも日本国でもないのはおまえならとっくに気づいてるんだろ」
「たしかにね、ぼくのところにいたときのギルベルト君とかのほうが近いかなって思ったよ」
「ああ、プロシアの。そうかもしれないな」
男は面識があるのかないのか、名前くらいしっているらしく一人うなずいた。
「でもぼくきみのいえには結局入れてもらえなかったよね」
「シベリアに連れて行かれたやつらの怨念かもしれないぞ?」
「またまた〜」
「俺は違うがな」
「ほらね」
男はこうやってイヴァンと他愛もない話をしては時折不機嫌そうな顔を緩め柔軟に笑ってみせる。
「それで、きみはどこのだれ?」
「しんだらおしえてやる」
「それって教えてもらったことになるのかなぁ」
「ヒント、今は国じゃない。そして今までも国ではなかった」
「それで?」
「昔はあいつと戦うのが俺の役目。けんか相手、敵役。今はあいつが忘れたい部分。黒歴史。そのうちうちからも外からもそんなものを教えるなといわれたら、俺が消える」
「あぁ、そう」
「たぶん、もうじき」
「そうだね、君のお兄さん最近妙に偉そうだもんね。ぼくも困っちゃう」
「どの口が言うんだか」
まだめらめらと燃え続ける暖炉を眺めながらイヴァンは茶を飲みほした。冬はまだ終わっていないのかもしれないと、大げさなほど服を着込んだままの男を見て思った。
作品名:【ヘタリア】 寄る辺なく 作家名:鶏口