馴れ合いのような、そんな関係
「やっほードタチン。久しぶりー」
臨也に呼ばれて、露西亜寿司の個室へと行くと、俺を呼んだ張本人、『折原臨也』が既に寿司を食べながら俺に軽く挨拶をした。
「ああ、久しぶり。あとその名前で呼ぶな」
俺が指摘すると、片手に大トロの握りを手にしながら、頬を膨らませて「ええー、いいじゃーん」と臨也は言う。
断じて良くない。あと可愛くないからやめろ。
しかし臨也はさして気にした様子もなく、「まあ座りなよ」と俺を正面に座らせる。
そして持っている大トロの握りを醤油につけると、「じゃ、はいあーん」などと言いながら、それを俺の口元へと持ってくる。
「・・・何がしたいんだ?」
俺は眉を顰める。
臨也は少し首を傾げながら「え?そりゃ見たまんまだけど?」と笑う。
「さ、ほら、あーん」
「いや、だからあーんじゃなくてだな・・・むぐっ!?」
反論しようとすると、無理矢理口の中に寿司を捩じ込まされる。
「黙って素直に食べてればいいんだよ。ははっ、ちょっと無理矢理すぎた?涙目になってるよドタチン。かーわーいいー」
臨也は反省する様子もない。
まあ、初めからこいつに反省などというものは求めてはいなかったが。
俺は口の中に入れられた寿司を飲み込むと、「男に可愛いなんていうもんじゃねえだろ」と言う。
「えー?別によくない?『男に可愛いなんて言っちゃいけません!』なーんて、誰が決めたわけでもないし。そもそも俺は思った通りのことを言ったまでだし、ね」
へらへらと笑いながら臨也は言う。
「だからってな、俺みたいなのが『可愛い』ってのは流石にどうかと思うぜ?いっそ眼科でも行ってきたほうがいいんじゃないか?」
「あっはは!眼科ね!悪いけど目はすっごくすっごく正常だよー」
「じゃあ脳の検査」
「それも正常。まあ人を愛しすぎて恋という名の病にはかかってるかもしれないけど?」
・・・どうやら俺の皮肉も嫌味もこいつには効かないらしい。
そんなこと、わかってはいたけどな。
基本的にこいつは話を聞かない奴だし。
・・・・・まあいいか。
ああ、しかしそういえば前になんか狩沢と遊馬崎がなんか言ってたな・・・
あー・・・なんだったか。
と、少し考えこんでいると、臨也が「どしたのドタチン」と首を傾げて訊いてくる。
ああ、思い出した。
「いや、お前が恋とか言うから、そういや前に狩沢と遊馬崎の奴が、『恋は萌えと似ている』とかなんとか言ってたのをつい思い出してな」
「ええ?そりゃないよー。ないない。まあ、萌えってのがなんなのかわからないから似てるかどうかとか、そんなことは知らないんだけどさー」
はははっ、と臨也はまた笑う。
一つだけ言うと、俺はこいつのこの笑い方が、どうも人を見下しているようで、偉そうで、小馬鹿にしているようで嫌いだ。
全く、こいつはもう少しまともな笑い方ができないのだろうか。
第一、至極楽しそうに笑っているくせに、全然楽しくなさそうなのだ。
だからせめて、もう少しちゃんと楽しそうに笑ってくれないかと思う。
「ま、別にそんなことどうだっていいさ。何がどうあれ俺が人間が好きで愛していることに変わりはないからね!人、ラブ!」
「うるさい。黙れ」
「もー、ドタチンってばほんっとつれないんだからー。俺はそんなとこも好きだけどさ、そんなんじゃ女の子にモテないよー?あ、でもいっか。女の子にモテなくたって、代わりに俺が愛して愛して愛して愛しつくしてあげるわけだし」
まるで自分に陶酔するように臨也は言う。
「それは・・・なんつーか、気持ちが悪いと思う」
「ははは、きっついねー。ま、いいけど」
俺が嫌いな笑い方をしながら臨也は言う。
そして何故かテーブルを乗り越えて俺に腕を巻きつける。
どうしたらいいかわからないが、とりあえずこれだけは言っておく。
「行儀が悪いぞ」
と。
本当はもう一つ、「こんなことをして、狩沢にでも見られたら一生のネタにされるぞ」とも言いたかったのだが、今のこいつにそんなことを言っても、「ま、それもいいんじゃなーい?」と気にしそうにもないので言わないでおく。
「行儀、ねえ・・・そんなのどうだっていいよ。別に誰が見てるってわけじゃないんだし」
そして臨也はどこかうっとりするようにそう言った。
「ねえドタチン?」
「・・・何だ」
「俺、好きだよ?ドタチンのこと」
「俺は好きでも嫌いでもない」
「ははっ、ほーんとつれない。つまんないよ。ほんとにさ」
今度は俺の嫌いな笑い方ではなかった。
と、思う。顔なんて、そんなものは見えなかったが。
「まあでも、愛してるよ。京平?」
「・・・・・人をからかうのもいい加減にしろよ?」
馴れ合いのような、そんな関係。
(今はまだ、このままでいいか、な?)
作品名:馴れ合いのような、そんな関係 作家名:ささきひたき