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境目@変態EX
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novelistID. 845
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戯れとしても

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足もとにおかれた小さな蝋燭の、薄い和紙越しの灯りだけが、その細長い廊下を照らす光源だ。
珍しいものがあれば持ちかえれとの我儘な上司の命令をうけて、闇に染まりきらない髪色の男は案内人の後ろを歩く。
軍人らしく足音を抑えているのを、案内人は気づいているだろうか。
否、どちらにせよこの男の身分など案内人には一切関心事になりはしない。問題はこの男がどこまで「出す」のか・・・。
「珍しいものをご希望とのことでしたので、『ウチ』では一番の珍品をご用意したんでございますよ」
「それは結構」
やがて二つの影はある座敷牢の前で止まる。
懐から取り出した鍵の一番大きなものを鍵穴に差し込みながら、案内人は愉快そうに続けた。
「猫に育てられましてなあ。口は少々不自由ですが」
ギィ
錆びた鉄の擦れる音がして、その木枠は手前に開いた。
『なか』で、もぞりと大きなものが蠢く気配を感じる。男はとっさに腰につけた剣を抜き取ろうとするその左手の衝動を抑え込んだ。
鉛のような雲が割れたらしい。その牢の障子の外が明るくなって、男の目の前のものが白く浮き上がった。
「愛玩用としてはちょうどよろしいでしょう?」
真っ黒な目が男をみてにゃあと鳴いた。

*

それの名前は菊という。
案内人の言葉を借りれば、「人の形をした猫だと思えばいい」。
赤子のうちに山と村の境に捨てられ、運が良いのか悪いのか、腹の大きくなった雌の山猫にかくまわれたのだそうだ。
普通ならば食い殺される所だろう。しかし慈悲深き山猫は黒い瞳の赤子を自分の子供と同じように育てたという。
だが、山猫は本来群れを持たぬ。
大きくなった子猫同様に、菊もまた自身の住みかを捜して歩いた。
そして、その過程で人買いに見つかりここで売りものとなったのだと、そう案内人は話した。
最初のうちは人の手を嫌がり、噛むわ引っ掻くわの大騒ぎであったらしい。
しかしそのたびに棒で打ち3食食わせていれば、次第におとなしくなったのだという。
「傷は残っておりません。しつけをするのも楽しみと思い、厠の使い方のみ教えております」
「そうか。・・・いいだろう。言い値で買う」
明日にでも額を書いてこの紙を届けるように。
言い残すように、男は菊を柔らかな布でくるんで連れ帰った。
小さく猫がにゃあと鳴いたが、それは聞こえないふりをした。
「お前を国へ届けるまでに、どうにか覚えさせねえとな」
「・・・」
「俺の名前はギルベルト。わかるか?」
「・・・ぎ」
「おう」
「ぎうべうと」
「・・・まあ上出来だな」
くしゃりと優しく黒髪を撫でて、ギルベルトは口元だけで笑った。
今まで珍品名品の数々を国の上司へと贈ってきたが、人を贈るというのは初めてだ。
(まあ顔も整ってるし、珍しいくらい真っ黒な目と髪だ。・・・大体あのヤローは好きものだからな。気に入らねえことはねえだろう)
国からの輸送船がくるまでまだ3カ月もある。
このうちにギルベルトは、猫を人に躾なおさなければならない。
それの第一歩として、まずギルベルトは言語を覚えさせる事から始めた。
幸いこの国の言葉であれば幾分かわかるらしいと知ってから、ギルベルト自身も拙い日本語で、根気強く異国の言葉を覚えさせる。
数、名前、挨拶。
菊はギルベルトが当初思っていたよりも、驚くほど速くそれらを覚えた。
元々賢いのだろう。それに加えて、菊は他の人間よりも真っさらだ。まさに砂地のように、菊は与えられる知識を吸収した。
そしてギルベルトは、うまくできれば褒める。出来なければなぜできないのか一緒に考える。
もし軍人でなければ、ギルベルトはよき教師となっていただろう。

「俺には弟が一人いてな。俺よりデカいしいかつい癖して動物が大好きなんだ」
「どうぶつ」
「おう。猫も犬も、あげくの果ては熊までだ。お前熊は見た事あるか?」
こくりと菊が頷く。
「熊はある・・あり、ます。私の妹が熊にしん・・?しんでしまった」
「・・殺された、のか」
「殺された。助けて、あげられなかった」
黒い目を瞼に隠して、菊はそれきり何も喋らなくなった。
(こいつにはこいつの家族がいたんだ。・・・例えそれが、人でなくても)
細い肩を優しく抱きしめる。
少しの重みと温もりが、ギルベルトに寄り添う。
菊とギルベルトが出会ってから、ひと月が経っていた。
作品名:戯れとしても 作家名:境目@変態EX