blind summer fish
僕は、彼を、許せなくって、許せなくって、だから真実を知ったその日からずっと、彼を消し去るための手段を探していた。この手で友人の敵を討ってやるための手段を探していた。
「帝人くん」
「どうしました?臨也さん」
夜の公園で、なんてロマンチックなものではなく、窓もなく灯りといえば裸電球一つの狭いコンクリートの箱庭の中で、臨也さんは椅子に縛り付けられていた。僕が仕組んだわけじゃない。これは彼のミスだった。策をめぐらすことに関しては超一級の彼の、小さなミス。それが僕にとっては最大のチャンスになった。
ダラーズの情報網を使って彼の居場所を突き止めた。彼の目的を突き止めた。ありとあらゆる手を駆使して、僕は臨也さんを解放した。箱庭の外に、追っ手と見張りはもういない。だけど僕は彼を、僕から解放することは許さなかった。
「帝人くんは、これから俺をどうするつもりなのかな?」
「・・・どうしましょうか」
「ここに置き去りにする?それとも東京湾にでも沈めるのかな?いっそシズちゃんに引き渡すとか?」
「・・・どれにしましょうか」
「・・・・・決めてなかったの?」
臨也さんの問いかけに、僕は曖昧に笑う。図星だった。僕は確かに彼を消し去るための手段を探していたのに、こうなるまで、彼をどうやって消そうかなんて考えもしなかった。こうもあっさり、彼が僕の手に落ちてくるとは思っていなかったから。最後の想いが邪魔をして、想像も、していなかったから。
「臨也さん、どうしましょうか。どうなりたいですか?」
「それを俺に聞くんだ?何の参考にもしないのに、帝人くんも中々鬼畜だね」
「・・・臨也さんの、想像通りになったでしょう?」
「いいやー?帝人くんは俺の想像以上だったよ。俺今ちょっと悔しいもん」
「くや、しい?」
「うん、悔しい」
こんなんなるならもっと慎重に暖めておけば良かったよ。そう言って臨也さんは、自分が囚われていることへの焦りを微塵も感じさせないように、綺麗に笑った。見慣れた笑顔だった。
彼の余裕に反比例するように、僕はこれ以上もなく焦っていた。おかしい。囚われているのは彼なのに、逃げ場のないのも彼なのに、どうして僕はこんなに、追い詰められているんだろう。ごまかすように視線を巡らせても、この小さな箱庭の中には何もなくて、臨也さんと僕以外、何もなくて、僕は益々焦りを募らせた。
「・・・後悔、してるんですか」
気付けば僕は、そんなことを口にしていた。聞いてどうするというのだろう。聞いてどうなるというのだろう。臨也さんの言うとおりで、僕の気持ちは微塵も揺らがない。彼を消し去りたい。その気持ちにうそはない。迷いもない。既に在った過去だけが僕にとっても彼にとっても真実で、僕も臨也さんも、過去を変え得る方法など知らないのだから、そんなことを聞いたって、
「後悔なんかしてないよ?俺はいつだって一生懸命だったし一途だった。自分の欲求に正しく従ったんだから、何も嘆くことはない」
「・・・・そうですか」
「帝人くんは俺に後悔してほしかったの?」
「そう、ですね」
「跪いて許しを請ってほしかったんだ?」
「・・・・そうです」
「自分の代わりに?」
何にもならない。わかってる。僕の犯した罪は、過去はなくならない。それは僕が償うべきものだって、きちんとわかってる。でもだから、だから僕は臨也さんを、できるだけ早く消してしまいたかった。僕の過去の象徴を、僕の罪の象徴を、この手で消して、許して欲しかった。
「は・・・・い・・・、」
「帝人くんはずるいね。最低だね。鬼畜だね」
「・・・・・・・・・・」
「気休めに俺を殺すんだ。気休めに始めた遊びのために」
「・・・・・・・・・・」
「何も変わらないってわかってて、俺の未来だけを奪うんだ」
「・・・・・・・・・・」
「それで最後は俺にも、許してくださいって言うんでしょ?」
馬鹿みたいだね、帝人くん。臨也さんが綺麗に笑う。今度は僕もはっきりと、臨也さんの目を見て笑った。
臨也さんは全部気付いてたんだ。僕が彼に全てを押し付けて消そうとしていることも、それなのに彼にも許して欲しいと思ってることも、全部。
でも僕ももう、気付いてる。彼の笑顔がいつも通りな理由も、彼が、わざと失態を犯した理由も。だから僕は笑える。笑って、何事もなかったようにここを出て行かれる。
「こんなんなるなら、もっと慎重に暖めておけば良かったな」
「それは、やっぱり、後悔してるんですよ」
「帝人くんだってしてるだろ?俺と出会わなければ良かったって」
「・・・はい、少し」
「でもそれ以上に、俺は満足してるよ」
「・・・・・・・・」
「だってこれはすごいことだよ。この俺が命を賭けたんだから!」
臨也さんの声を背中で聞きながら、僕はゆっくりドアに向かった。
丁度最後の指示を携帯に打ち終えたところで振り返る。臨也さんはやっぱり、綺麗な顔で笑っていた。
「俺が死んだら、帝人くんは泣いてくれるんだろうね」
「許してください、臨也さん」
「泣いてくれるならいいよ」
「泣きますよ、ちゃんと」
「じゃあいいや」
「臨也さんも、僕が出て行ったら泣くんでしょう?」
「そりゃ泣くよ、死ぬのは怖いもの」
「でもそれ以上に満足、と」
「うん、だって、
『 』」
「・・・・はい」
それが最後の会話だった。ドアを閉める前に、臨也さんの綺麗な顔を頭に刻み込む。最後の顔も笑顔だった。馬鹿みたいな笑顔。でも僕だって負けないくらい笑ってやった。これ以上ないほどすっきりした顔で、すがすがしい気持ちで携帯の送信ボタンを押す。
送信完了の画面に切り替わる頃には、僕は涙で画面が見えなかった。馬鹿げた涙だった。でもきっと臨也さんも今、同じ涙を流してるだろう。これ以上ないほどすっきりした顔で、僕のことを想いながら。
僕はずっと、臨也さんを消し去る手段を探していた。許せなくて、許されたくて、ずっと探していた。同じように、臨也さんも探していた。僕はずっと気付かなかったけど、僕の横でずっと、探していた。
僕は最後にそれに気付いて、馬鹿げてるって、笑ってあげた。僕たち、馬鹿げてますよ。そう言って笑ってあげた。それが彼の望みだったから。
『そしたら帝人くんは、俺を許してくれるんでしょ?』
馬鹿みたいですね、臨也さん。帰り道一人でそう、呟いた。いつか交わるはずだった平行線の終わりを、待っていられなかった。必死だった。でも僕は今これ以上なく、満足だった。彼を好きになって、満足だった。頭の中で綺麗に笑う臨也さんもきっと、僕を好きになって満足だっただろう。そう思って僕はもう一度笑って、それからまた少し、ひっそり泣いた。
僕はもう、彼を僕の中から消し去る手段は、探さなかった。一生、探さなかった。
作品名:blind summer fish 作家名:キリカ