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ヴェスト は こ ん ら ん し て い る !

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ケンカをすると大体は口論だ。
どちらも口が達者だから収拾がつきませんよとは南の隣人の言。弁舌と同じくらい
腕っぷし自慢でもあるのは互いに分かりきっているので、力に訴えることも多い。
これは兄の方が意外な事に加減を心得ていて、だからこそ手も足も出るのが早かった。
自分が仕込んだから、どの程度ならかわせるのか、ダメージを受けないか、お遊びで
済ませられるか熟知しているということだ。気分の良いことではないが、いまだに
俺には真似ができないあたり兄曰く「兄の特権」も強ち間違ってはいないのだろう。
だから、三時間ほど前の「今夜は俺が上だ」「いや俺だ」論争も、どちらかの経緯を
辿って既に決着が付いているはずであった。……俺の予定では。





半ばで放り出された食卓を片付け終えて、近年稀にみる重い気持ちでリビングに戻る。
ソファの側面に寄りかかって床へ座り込んだ白金の頭は、俺が台所へ席を立った時と
同じ位置にある。
「兄さん、そこはラグがないから冷えるだろう」
せめてソファにのってくれと声を掛けてみても、半分だけ覗かせた後頭部はピクリ
ともしない。これも三十分前、いや兄がここへ座り込みだした二時間前から全く変
わらない雪解けの泥の中や冷え切った夜の砂漠に比べたら、うちの単層フローリン
グなど、ベルベットのクッションを尻に敷いているようなものだろうが、それでも
硬い床板であるのは変わらないし、ここは戦地でもない。
「兄さん」
少し声を大きくする。それも届かない原因は分かっている。黒いバンドのヘッド
フォンだ。
前回の二人の誕生日に、イギリスから揃いでもらったヘッドフォンは、俺はパール
シルバーで兄は黒の、バンドが二重ラインのフレームのみという軽さが売りの設計で、
二人して気に入っていた。さすがロックの国と褒めたら当のイギリスからは微妙な表
情をされた。
特に兄は、黒地のハウジングの端に、白くギリシャ十字が描かれているのがお気に
召したらしく、半年経っても飽きずにそればかり使い続けている。俺としては白味の
強いシルバーの地に黒く十字が抜かれている自分のものの方がより良いと思っている
のだが。
しかし今だけは叩き壊してやりたい衝動をこらえるのに並々ならぬ努力を要するくら
いには気にくわない。この二時間あのヘッドフォンは兄の頭から離れることなく、俺
の呼びかけを一切合財、文句も小言も謝罪も等しく亡き者にしてくれているのだ!
そう、謝罪。謝罪すら阻まれている!
なんてむごい話だ、俺は既に非を認めて折れているのに。





後頭部半分だけをこちらに見せた兄は、両膝を曲げて腕の間に収め丸まった格好で、
何を聴いているのかいないのか知れないが、俺の声が聞こえていない事だけは確かだ。
怒って拗ねるにしても、らしくなかった。兄さんはもっと分かりやすく拗ねてくれる
人の筈だ。
ひたすら無視するなんて全く兄さんらしくない。
腹が立っているならそうと、納得できないならできないといつだって言ってくれた
のに。フェルン・オストの友人の様に、機微を察するなんてまだまだ苦手な俺に、
「お前はガキだなぁ」と鼻で笑いながらもちゃんといちいち言葉にして教えてくれて
いたのは兄さんなのに。
心中の言葉を追っていくにつれて、一旦静まっていた感情の波が高くなってくるのを
感じる。ぶわりと唐突に膨れ上がって、理性の堰を切るのはあっという間だった。
届かない声は俺の中のタブーだ。
冷たく思いカーテンに遮られた幾つもの嘆きを泣き言をあるいは愛の言葉を深く沈め
たブラックボックスは鍵も錠も上手く掛けられずにいとも簡単に開く。いつでも。


兄さん兄さん、ちゃんと聞いてくれ。
ちゃんと応えてくれ。
俺の声が聞こえているなら。
ちゃんと、聞こえているなら。
何度だって謝るから、ごめんなさい兄さんだからちゃんと俺の声を聞いて!


「兄さんっごめんなさい!!」



気が付いた時には大声で叫んだ後だった。
迫撃砲を撃ちこまれている塹壕内ばりの声はきっと庭を抜けて門を抜けて、もしかす
ると見知らぬ通行人にも届いてしまったかもしれない。
だが俺の関心はただ一つ、ソファの向こうの兄さんに届いているか否かだけだ。
そして、
「………ヴェスト?」
俺は勝った。
もぞりとヘッドフォンを外しながら、顔をこちらに向けた兄さんは、俺が拍子抜けする
ぐらいの疑問符つきの声を出して、けどすぐにぎょっとした表情で立ち上がった。
「ど、どうしたヴェスト!何で泣いてんだよお前」
「…っ……に、いさん、ごめん……ごめっ」
ボロッと涙が溢れたのは分かっていたが、ガタタと大慌てでソファを踏み越えてきた
兄さんがぐいと拭ってくれたので、俺の袖は濡れなかった。
ガランと黒いヘッドフォンが転がる。
「あ〜もう何で泣くんだよ、ちょっと喧嘩しただけだろ」
いつもの事だろうが、しかもお前悪くねぇから。ぐしぐしと目元を押さえてくれながら
顔を覗き込んでくる、その腕をそっと握った。
「俺が悪い、全面的に。だから泣くなヴェスト」
ごめんな、と何回も言い含める風に言うものだから、俺はもう「ごめん」を口に出来な
くなって、でも代わりに残りの一方の手もとった。二人して両手を合わせあう。
涙は止まりかけていた。
「………怒っていたんだろう?だから聞こえないフリなんか、」
「最初だけな。で、フリじゃなくて本当に聞こえなかった」
ほらあれと兄さんが目線で示した、床に投げ出されたヘッドフォンからは部屋の隅々ま
で行き渡る大音量で壮大なオーケストラが流れていた。『ワルキューレ』、あまり良い
思い出のない曲だ。
「……あんな音量で聴いていたら耳に悪い」
「ははっ、じゃあもうやめるよ。大事なお前の声が聞こえなくなったら、またヴェスト
 が泣いちまうもんな?」
「……っ兄さん!」
「いやマジだって。よし、ルールを作ろうぜこの家の」
兄さんが何を言わんとしているかすぐに見当がついて、俺は頷く。
そして、合わせた声で新たなハウス・ルールをひとつ。





                       <ヘッドフォンは禁止です>