涙と欲情
すん、と鼻を啜る音が聞こえた。泣き声が混じっている。
ロヴィーノはびくりと震え、思わず大丈夫かと尋ねた。
「大丈夫じゃ、ありません」
「う、だよな、ごめ」
泣き声混じりにもはっきり言われ、ロヴィーノは少しだけ目を逸らす。
彼の恋人は伏せていた顔を少しずつ上げる。黒い双眸は睨んでいるようだったが、それよりも羞恥や悲しみの方が勝っているらしい。頬の紅潮が普段の怒りよりも薄かった。
小さい唇が素早く動く。
「ひどい、です。これはひどいですよ」
「だから、ごめんって」
真正面から断罪されてロヴィーノはもどかしさと罪悪感から半ば投げやりに言い放った。ぶきらぼうな語調の強さにも今の菊は揺らがず、ロヴィーノを見つめ続ける。別に彼女は彼にとってそれが一番の薬だと知っていた訳ではなかったから、ただ天然でしているに過ぎなかった。それがわかっていたから、ロヴィーノは余計に辛い。全部自業自得ということだ。
菊のささやかな握りこぶしが震えていた。自分を守ろうと本能的に胸元に持っていかれたそれの先には彼女の素肌があって、それはつまり、そういうことだった。
無理矢理事に及んだのでは勿論ない。きちんと同意の上に成り立った行為の筈がどこでこうなってしまったのかと言えば、彼女の、もうやめて、だめ、という言葉に煽られただけの話だった。
さすがにあれから二回は酷かったと反省して項垂れるロヴィーノに、菊は困ったように柳眉を垂れて唇を食む。
「もう、いっぱいいっぱいだったんですよ」
「…悪い」
「ロヴィーノくん、話を聞いて下さらないし、なんだか…怖い、し、」
「だからっ…!…本当に、悪かった………菊?」
「…っく、ひっく…」
ロヴィーノが漸くまともに菊へと視線を戻すと、菊はぽろぽろ涙を溢していた。
瞠目する彼に、少しだけ擦り寄って、躊躇いがちに抱きつく。やわらかな体温が触れた。ロヴィーノの緑混じりの鳶色の瞳がますます開かれた。
「き、く?」
「ばか、もうっ…ひく、ぁ、」
「だだだからごめんって言ってんだろこのやろー…!」
慌てて背を抱きしめると、菊は更に嗚咽を漏らす。
「もぅ、ひ、ぁ、しない、で…こんなこ、と…うあああんっ」
ロヴィーノは下唇を強く噛んだ。
――うわ可愛いやばいどうする…っ!
不謹慎だと頭ではわかっていてもこの程度の意地悪でぴぃぴぃ泣く菊は恐ろしく可愛かった。手の行き場も見失ってロヴィーノは微かに頭を振った。
菊は泣きながら汗が引いて僅かに冷えた細い肢体を彼に擦り付ける。
ロヴィーノはごくりと唾を飲んで、ああ困ったと目眩を耐えた。