答えの行方
絶対に何か、間違っている。
「…………」
歌うでも無く会話するでも無く、ただ向かい合ってアイスを食っている。
ただそれだけのことなら、別にたいした事じゃない。そうでなく、おかしいのはもっと別……むしろなぜこういう状況になったのかという、根本的なところにある気がする。
何で俺は今、野郎と向かい合ってアイスなんか食っているんだっけ――――。
「ねぇ、この後暇?」
それは数時間前の事。
本日受けるべき講義も全て終わり、さて帰るかと腰を上げた俺に、涼やかな声がかけられた。
「よかったら、遊びに行かない?」
可愛らしい微笑みが向けられる。
いやマジで超可愛いんですが何これ幻覚?
容姿もセンスも人並み平凡、悪くはないが良くもない、な俺は、自慢じゃないが女の子から声を掛けられたことなんて一度も無い。
せいぜい、『クラスメイトとして』仲良くなる程度だった。そしてただのクラスメイト、良くてもちょっと良い奴、くらいで終わるのだ。
それが、何この状況。
女の子から、しかもちょっといいなと思ってた娘からお誘いされるって……春!? 人生二十年、やっと彼女イナイ暦卒業間近っ!?
「……ね、聞いてる?」
「……はっ!?あああ、ごめん、大丈夫!聞いてる、聞いてるっ」
「ほんと~?」
くすり、と笑われた。が、それもまた可愛いとか!
「で、どうかな?」
「あ、ああ。もちろん――」
大丈夫、と続けようとして。けれどもふと、脳裏に青い色がよぎった。
(……あ……)
家を出る時には寂しさが浮かび、帰ると喜びに輝く。アイスを与えれば幸せそうに細められ、歌ってある時は様々な表情が浮かぶ。
そんな、青い色。
たしか今日は、新しい歌に挑戦すると約束して来ていたっけ。相変わらず、まだまだ小学生の音楽の教科書レベルだけど、それでも嬉しそうに幸せそうに、あいつは歌うんだ。
『楽しみにしてますね』
そう言っていた、笑顔が浮かぶ。
けれどもし、約束を破ってしまったら。今日俺が、遅い時間に帰ったら……やっぱりあいつは、傷つくんだろうか……?
「……どうしたの?」
「……!」
彼女の声に、はっと我に帰る。でも、さっきまでの受かれた気分は吹き飛んでいた。脳裏に浮かんだ悲しげな色が、ずきりと胸を痛ませる。
「その……ごめん」
……物凄い、チャンスだったはずなんだけどな。
「今日はちょっと、やることがあってさ」
なんで、断っちゃってんのかな、俺。
「そっか~残念」
「ごめんな。でも、ありがとう。また今度、誘ってよ」
「うん。じゃあ、また今度ね」
笑顔だったけど。わりとあっさり、手を振られてしまいました。
……あれ。俺だけはしゃぎすぎた? 何事もなかったかのように過ぎ去った春の予感。
……次……なんて、あるのかな……はは……。
それでもまぁ、あいつに悲しい顔をさせずにすんだと考えればまぁいいか、と家路に就く。
途中で寄ったコンビニのアイスコーナーでまた顔を思い出したりして。そんでつい、ハーゲンダッツとか買ってみたりとかして。
――――そうして、今に至るわけだけれども。
アイスのせいで冷えたのか、今になって何やってんだろう俺?という気になって来た。
気になる彼女の誘いも断って。野郎と二人、仲良くアイス?
微妙な気分になりながら目の前の人物にちらりと視線を向ける。……いや、一応人間ではないから、『人物』ってのはおかしいんだろうか。女の子でもなければ、人間でもない。青い色をもつアンドロイド――ボーカロイドの、カイト。
俺はなんで、こいつの顔なんて思い出しちゃったんだろうなぁ……。
「どうしたんですか?マスター」
俺の視線に気付いてか、カイトがきょとんとそう尋ねて来た。
「別に、なんでもねぇよ」
答えて、ひとさじ口に運ぶ。……うん、甘い。俺はアイスより煎餅派だ。半分も食べ終わらないうちに、もう胸やけがして来た。それに比べ、カイトはすでに終了間近だ。なんでそんなに好きかなー。
「カイト、こっちも食うか?」
「えっ!?で、でもそれはマスターの分で……」
「俺はもう腹いっぱいなんだよ。……お前が食わないんなら、ゴミ箱行きだけど?」
「た、食べます食べますっ!もったいないっ!」
もったいないと言いつつも、その顔は嬉しそうだ。自分の分を食べ終え、俺からの分を持つ。
「いただきます、マスター」
そう言う顔は、やっぱり嬉しそうで、食べる姿は幸せそうで。
「……面白い奴」
自然と、笑みが漏れた。
カイトの笑顔は、なんだか和む。目の前で幸せそうにしていると、こっちまでなんだかそんな気になって来る。だから、それを曇らせる事はしたくない。できればずっと笑っていて欲しい、と思う。
(……て、なんだそれ?)
男相手に。しかも、ボーカロイド相手に?
「ごちそうさまでしたっ」
律義に手を合わせるカイト。その声に、ずっとカイトを見つめていた事に気がついた。
「じゃ、練習始めっか?」
内心の動揺を隠すように、そんな言葉を放つ。特に、何かを意識したわけでもない。ただ、そういう予定だったよなっていうだけだ。
けど。
「はいっ!よろしくお願いします、マスター」
だから、なんで。そんなに嬉しそうに言うかな?
お前って……何でいつもそんなに無駄に幸せそうなんだ?」
思わず尋ねると、カイトはきょとんとしたまま、首をかしげた。
「それは、幸せだからじゃないですか?」
「いやだから、何が嬉しいのかと聞いてるんだが」
まだ曖昧な日本語表現は通じないらしい。……難しいな、くそう。
「それなら、簡単です」
やっと意味を理解してか、カイトが笑う。
「マスターと、一緒だからですよ」
そんな言葉を、発しながら。
「っ……!なっ……!?」
何言ってんだこいつは……!?
「マスターにアイスを貰って一緒に食べて、歌って……俺にとっては、マスターといられるっていうだけで、何でも幸せです」
「っ……!」
まずい。これは、絶対にまずい。
なんでそんなに綺麗に笑うんだとか。それを見て、早くなる鼓動だとか。しかもそれが、昼間の彼女の時よりも強い事だとか。
ちょっと、抱き締めたいとか思ってしまったりだとか。
おおお、落ち着け、俺……!野郎相手に何言ってるんだ?
「マスター?」
「な、何でもないっ!」
顔に熱が集まるのがわかる。ああくそう、どうしろっていうんだ、この状況っ……!
「つーかお前、よくそういう恥ずかしいことをさらっと言えるなっ」
「恥ずかしくなんかないですよ」
誤魔化しと八つ当たり半分に言った俺の言葉に。
「俺は、マスターが大好きですから」
またさらりと、カイトは答えた。
「だっ……!!」
藪蛇。墓穴。盛大に、自爆った気がする。
「マ、マスター?大丈夫ですかっ?」
思わずその場に崩れ落ちた俺に、慌てたよう声をかけるカイト。
大丈夫じゃねぇ!お前だ!お前のせいだっ……!
このまま突っ走ってしまえという誘惑と、何としてでも踏みとどまるべきだという理性が、せめぎ合う。
……ああ、本当に。俺の春は、いったいどこに向かってしまうんだか……。