なつのはなし
熱いと、倒れこんだ身体を抱きとめた。酷く鬱葱とする時間帯、今は夏で、煩いほど蝉の鳴き声が木霊している。
汗ばむ風が吹きぬけ辺りの木々を揺らしていた。梅雨をもろともしない夏の太陽は、ただ灼熱を夢見て身を焦がしている。耳につく蝉の声はいっそ穏やかで、けれど静寂を助長させるまでには至らなかった。
腕に力なく倒れこんでいたそいつは意識が朦朧としていたのだろう、大人しく体重を預けていて、普段もこんな風に穏やかだったらなあと少し思ってしまうのが何だか切ない。抱きとめたのもただの偶然なのだが、やはり放って置くことなどできないため、俺は黄色い頭に手を載せる。汗で張り付く前髪を掻き揚げてやり、大丈夫かと小声で語りかけた。
焦点の合わない蒼い目が俺を見上げ、それから数秒面白いほどに見開かれた。同時に力を抜いていた体がこわばり凄い力で突き飛ばされる。お互いよろめき、特に元々ふらついていたそいつの方は地面に片膝をついて荒い息を吐いていた。
大丈夫か、と傍に寄ろうとすると、寄るな!と一括。
そのまま攻撃態勢にも入りそうだったので、俺は胸の前で両手を挙げた。
荒い息を吐いたままのそいつは低く唸ると、威嚇するように数歩後ずさる。じりじりと熱が肌を焼いている。
これ以上近付かない方のが良いと判断した俺は、もう一度軒下へ入り屋根の影に入る。
縁に開いたまま置かれていた書物のページが、夏風に煽られて数枚捲れていた。
「暑い。」
呟いたのはナルトだった。言われてそちらを伺うと、手に持った桶で頭から水をかぶる瞬間だった。ああ、と思ったがあえて手出しはしない。ナルトは被った水を払うように振ると、威嚇するようにこちらを見た。零れた汗とも水とも付かない雫が地面に黒い染みを作る。うわごとのように暑いと呟いたナルトがもう一度頭を振った。雫が落ちる。ぽたぽたと濡れた服は変色して、寒気でも感じたのか一度だけ身震いをしたナルトは、荒々しい足音で傍らを通り過ぎ縁を上り薄暗い廊下の奥へ消えていった。後を追うように黒い雫が零れている。まるで血のようだと思った。
ナルトは昨日から体調を崩している。恐らくは発熱もしているのだろう。アカデミー時代から風邪とかなんだとかそんなもので休んだ姿を一度も見たことが無かった俺は少なからず驚いた。本人曰く副作用らしい。詳しくは教えてくれなかったが。
何度か、余りにつらそうな様子を見かねて手を出そうとしたところ、触るなと殺気を飛ばされ、来るなと攻撃をされ、出て行けと術まで使われた。余り刺激するようなことはするなとこの時代の火影に注意されたのを思い出し、俺はそれ以来ナルトに近づこうとするのをやめた。多分弱っている自分を見せたくないのだろう。まるで手負いの獣だ。
俺は先ほどのように縁に腰を据えると、のんびりと空を見上げた。煩いほどの蝉の鳴き声が木霊している。四方を森に囲まれている所為か、ざわめきが大きい。蝉は一週間ばかりの命を燃やして狂おしいほどに鳴いている。俺は溜め息をつくように視線を下ろした。下ろしたその先にナルトの零していった染みがそのままになっている。血のような染みが。
動きの早い雲は形を変えて雨雲を呼ぶ。数日と待たないうちに雨が降るだろう。
夏にふさわしい熱を孕んだ風を受けて俺は一度だけ暑いと呟いた。