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《何》の続き

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一度でも良い、一度もらえるだけで、十分だから。
*《何》の続き*
「…何」
部活終了後、人の捌けた部室内で肩を掴み、壁に押さえつけてみた。
突然の出来事に不満そうに不機嫌な声色を滲ませつつもコイツの中では不安が勝っているらしく、不安定に視線が揺らめく。
「別に」
殊更、何もなさげに落とすと、触れている箇所が言葉を失うように強張った。
「…怒ってたり、すんの?日向」
おそるおそる吐き出される音声。言われてみてやっと気づく。あぁ、確かに名付けるならそれはいい線いってるかもしれない、と。
でも。
「違う」
「っ…だ、ったら、何、いきなしっ…」
“余裕”を象っていた仮面の端々が砕けだし、仕舞いには小さく呻きながら目の前の伊月がこっちを見上げてくる。
「2-Aに一人だろ、2-Cは三人、2-Dは……二人だったかな」
「…?」
「今月だけでオレが知った人数。伊月狙いの女子のな」
「へ…?」
戸惑いの色を見せていた瞳が、瞬き一つした後にその上に別の色を上塗りした。
「日向、あのさ…何」
台詞の途中でそれを塞ぎ込めるために口付ける。だって予想なんてついている。
“そんなのおかしい”“何かの間違い”“ありえない”その辺のどれかしか口にしないはずだ。現に、今届いたラストは《何》だったし。
繋ぎ止めとかないと。
無性に焦って早急に深め、奥まで咬み合う。喉の方で空気中を響くはずだったものが生まれ、腔内を伝ってこちらを震わす。嫌がりはしないだろうけれど恥ずかしがることを予期しつつ、水音を立てながら舌を絡ませると、震えは強まって。
「っ…はぁ…ふっ、っ――」
頬は一気に朱に染まり、目は雫を湛え、睫は忙しない呼吸と共鳴した。
そりゃ女の子も“キレイ”と思って惚れ込むだろう、と確信する。彼女らは決してこんなになった伊月を見てるわけじゃないけど。普段の時だけでも十分。
「ばっ…か。ここ、どこだとっ」
「部室」
「わかってんならすんな!ばかひゅーが!っ…引っ付くなよっ」
拘束を解いて、ぎゅう、と抱きつくとそれも気にくわなかったのか、背中を叩かれる。
気にせず肩に頬を乗せ、その首を見つめて。酷く野蛮な衝動をもった。
噛みつくのが駄目なら吸い付いて、深く、赤く、濃く、強く。見えるところに。…駄目?

何も問いかけてすらいないのに、承諾をとろうと頭を上げようとして、それを手で押さえ込まれる。
「何…、何で、そんな、の、気にすんだよ」
「伊月…?」
声でわかる。泣く一歩手前。そしてその声と同じくらいに震えながら。
耳元に口を寄せられて、囁かれる四文字。何度も。時には唇が皮膚を掠めながら。
「オレだって、日向狙いの子、何人も知ってる。でも、気にしないよーにしてる。したら負けだし、勝てるとこないってわかってるから。だからオアイコだろ勝手にうだうだすんなばか。……妬かれるのはうれしいけど」
珍しい。いつもより早口になって、テンパってんだな、全部本当なんだろうけど。
そう想うと、入っていたスイッチが簡単にオフになり、今度はこっちが参りそうなくらいにテンパる。
「わかったっ?!」
「ハイ、ワカリマシタ、スミマセン」
微かに漏れる笑い声と、小刻みに動く肩。
「何で、ここで戻んだよヘタレ」
「うっせーよ、だアホ。仕方ねーだろ」
「はいはい……帰ろっか」
「おー」
やっと、頭を定位置に戻して。荷物を持って、はた、と思い当たった。
「ひゅーが?」
言われっぱなしってのは、アレだし、やっぱり。きょとん、とした顔で振り向いたソイツに、真っ直ぐに。
「好きだよ、いづき」

ねぇこころをふるわせることばを頂戴。
*end*
作品名:《何》の続き 作家名:mime