リオ・ナユ
ナユは自分の耳を差した。
「・・・ああ。」
「ああ、じゃないですよ。ジーンさんはまだ何も言ってこないんですか?ちょっと時間かかりすぎなんじゃぁ・・・?」
「そんなの僕が知る訳ないだろ。でも紋章は下手したら怖いからね。あせって何かあるよりは、確実なほうがいいだろ。」
ルックはあらぬほうを見ながら言った。
「だって、もういい加減嫌なんですけど。」
「でもさ、だいぶ慣れてきたんじゃない?最初の頃は石板のとこで縮こまってたじゃないか。」
「そりゃ慣れもしますよ!!だからといって甘んじて受け入れてるわけではないんですからね。」
「えーいいじゃん、そのままでも。」
その時、不意に声がした。
「・・・シーナ。」
見上げれば、シーナがテーブルのふちに手をかけて、ニコニコと笑っていた。
「何がいいんです?ちっとも良くありませんよ!!」
「そう?俺はいいと思うけどなぁ。そのパタパタ動いてる尻尾がまたいいよな。」
座りながらもたまにポテ、ポテと動いている尻尾をシーナはさらにニッコリと差していった。
「僕はちっとも良くないですよ。邪魔なだけです。」
「え、でもよぉ、お前猫耳とか生えてから、さらに動き機敏になったじゃん。てっきり合ってんのかと思ったけどな。」
シーナはナユの横にいすを置いて、よ、と座った。
「別に合ってるとか、そう言う問題じゃないですよ!!ただ身体が野生化し・・・」
そういえば。
ナユは言いかけて思った。
確かにこの姿になってから身体が軽い。
そして軽いだけじゃなくて、前に比べて、比較的楽になった。
ティントでは一度力を思いっきり使ってしまったので倒れてしまったが、その後は特に倒れる事もなく。
そしてずっと体力が落ちたと思っていたが、それがましになったような気がしてならない。
ま、さか・・・?
いや、そんな。
・・・でもあのジーンさんの事だ・・・やっぱり・・・?
その時身体に電気が走った。
「っはぁっ、ん」
思わず口から洩れてしまった声に我ながら赤面して慌てて口をおさえた。
「わ、何今の?まさか、尻尾、弱いんか?」
何気に考え事をしていた時に尻尾がさらにパタパタと動いていたらしい。
シーナがそれを見て、特に考えもなく、尻尾の、それも付け根に近いところをつかんだようである。
「う・・・あ、いや・・・」
ナユは赤くなりがら、口を押さえたまま、しどろもどろになった。
シーナはそんなナユの様子をとても嬉しそうに見ている。
ルックはといえば、あきれたようにシーナを見ていた。だが不意に何かに気づき、身体を横にして何か動作をしていた。
「今の声、なんか良かったよな?そうか、尻尾が、弱いわけ?」
相変わらずシーナは嬉しそうに聞いてきた。
確かに弱かった。
リオにも尻尾の特に付け根あたりを触られるとゾワゾワと電気がかけのぼるような感じがしたものだ。
だが、まさかこんなところで、あんな声を出すはめになるとは。
今後、少し窮屈だが、尻尾は服の中に隠すしかないな、とナユは思った。
「ちょ、もう一度触ってもいい?」
「な、冗談はやめて下さ・・・」
ナユが赤い顔のまま言いかけたところでとてつもなく不遜な空気に気づいた。
もちろんそれは、シーナも気づいたようで、サァーと顔が青ざめていく。
「何?何に触るって?」
それはそれは綺麗な笑顔でそう言うリオがいつの間にかそばにいた。
どうも先ほどのルックの様子は、いち早くリオに気づいて、無言で手招きしていたらしい。
「い、いや、あ、あはは。」
「ん?どうしたわけ?なんだったらじっくり聞かせてもらおうか?」
相変わらず、いっそ愛らしいとでもいえそうな笑顔で、だがあきらかに真黒な雰囲気をただよわせ、リオが問う。
「い、いやー、まぁ、なんだ、ちょ、俺、用事思い出したゎ。じゃ、じゃーな。」
ワタワタと、シーナは立ち上がり手をすたっと上げてから退散していった。
「・・・そんな雰囲気ばかり出してたらほんと嫌われますよ・・・?」
一応こんな様子のリオとシーナだが、普段はそれでも一緒に酒を飲んだりもしているらしい。
「ふん。貴様は相変わらず油断だらけだね?ちょっと訓練が足りないんじゃない?」
「そんな事ありません。い、今のはちょっとたまたま・・・」
「ふーん?尻尾が弱いのは、十分分かってるくせにね?」
にっこりとしてリオが言った。ナユは真っ赤になる。
「まったくバカバカしいね。じゃあ、僕はもういくよ。」
やってられない、とルックは立ち上がった。
「あ、ルック。これの事。とりあえずはもう、催促しません。でも、ほんともし、何か分かれば、教えて下さいね。」
去ろうとしているルックに、ナユはそう声をかけた。
ルックは振り向き、少しナユを見た後、黙って消えた。
「・・・何?」
「いえ。なんでも、ないんです。なんでも。あ、そういえば美味しいカナカン産のお酒をいただいたんです。僕は飲めませんから、よかったら・・・?」
「へぇ?うん、いただこうか。」
「はい。」
そう言ってナユはにっこりと笑った。