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カーテンコールは密やかに

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校庭でサッカーをしていたら、雨が降ってきた。にわか雨程度の、けして激しくはない雨だ。
激しくはないが、夕暮れに近い時間に落ちてくる雨の粒は、汗をかいた肌にはひどく冷たく感じられた。
サッカーに興じていたメンバーが、ばたばたと慌てて校舎に入っていく。その中で一人、ユイだけがぽつんと夕闇に薄く蔓延った雲を見上げていた。
「おい、ユイ? 何やってんだ濡れるぞ」
「はあ、なんか雨だなー、と思いまして」
声を掛けてみるが、返答は要領を得ない。そりゃ誰がどう見ても雨だ。
「とうとう完璧にイカれたかぁ? 酸性雨に濡れてそれ以上バカにならないうちに引き上げるぞ」
優しさのつもりで、頭一つ分低いところにある派手な色をした頭を軽く叩くと、小柄で妙に活発な少女は、光の速さで関節技をかけてくる。
「いでででで!? ちょ、濡れる濡れる、濡れるし痛い! おい、あとにしろ!」

結局ユイが日向に関節技を極めるのをやめたときには、もうどうしようもないほど二人ともびしょ濡れだった。
ここまで濡れるともう急いで校舎に戻る必要性も感じない。のんびりと雨の中を歩きながら日向は、隣りを楽しげに鼻歌を歌いながら歩くユイに、ぼんやりと雨空を見上げていた理由を聞いた。
「雨に濡れるのって、初めてだと思うんですよ」
ユイの答えは、意外なものだった。
きっととってもちっちゃい頃になら、そんなことがあったかもしれないけれど、物心ついた頃から雨に濡れた記憶はないのだとユイは言う。ユイの人生がどういうものであったのか日向は知らないが、ここに集まった人間たちの人生は実に多様だ。
「雨が降ると、テレビではみんな傘を差してたからそういうものだって思ってたけど、傘がなくてもけっこう、気持ちのイイものなんですね」
ユイは嬉しげにわらった。幼い子供がはじめて知る事実に喜ぶような、そんな無垢な笑顔だった。
「そぉかあ? 俺は結構しょっちゅう濡れてたけど、あんま気持ちイイなんて」
思ったことはなかった。そう言いかけて、ふと浮かんだ情景に言葉を切る。
白いラインの引かれたグラウンド。口に入ると塩の味がするような汗を拭う。グローブを嵌めて、あるいは球が当たった感触がしたあとにバッドを投げて、思い切り走った。やけつくような太陽の光を浴び続けた砂が舞う。
それは懐かしい情景だった。まるでそれしか知らないように一日中練習をして、暑い疲れたもう動けねえ、とか思っていた夕方に、降りだした雨。柔らかな水の粒が降り注いで、汗と砂埃にまみれた頬をやさしく濡らした。
ああ、忘れていた。
「……そうだな、結構気持ちイイもんだったな」
言うと、ユイは笑って見せた。
「そうでしょ、先輩!」

そんな得意げな声が、しかし最後の語尾がにちょっと傾ぐ。そして、
「っぅわちゃ」
とかいうよく分からないような悲鳴を上げて、小さな影がべちゃりと倒れこむ。雨でぬかるんだ泥に足をとられたらしい。
「あーもー…、ったく。ほら立てよ」
手を貸して立たせてやる。制服はもちろんのこと、顔にも満遍なく泥がついていた。漫画みたいな見事な転び方をするものだ、といっそ関心しながら、腕や顔にべったりとついた泥を、自分の制服のすそで拭ってやる。と、ユイが非難の声を出した。
「ちょっと、どさくさに紛れて何触ってんですか、先輩このやろー!」
「は? 俺今なんか触ったか? もしかして胸とか? いやお前、そんなささやか過ぎる出っ張りに触れるほど俺は器用じゃな…いででで! その関節はそっちには曲がらな…っ!」
「なぁぁぁあんですかせんぱーい? この究極の美しさを秘めた曲線を持つバストにぺったんことか言いましたかああ?」
「言ってない、そこまでは言ってないから手を離せ!」
泥だらけのユイに関節技を極められて、日向の制服にも泥がつく。結局、二人とも泥だらけになった。
鼻の下に泥のついた日向を見て、ユイが笑う。
「お前なあ、俺のこと笑えるような顔してねーぞ」
顔まで泥だらけなのはお互い様だ。呆れるが、ユイは一向に気にせずに笑うので、なんだか日向までおかしくなってしまう。
ひとしきり笑っているところに、校舎の方から二人を呼ぶ声が聞こえた。音無だろう。帰ってくる気配のない二人を心配したらしい。
「ああ、ほら呼んでる。行くぞユイ」
「ちょっと待ってくださいよぉ、足擦りむいちゃったみたいで走ると痛いんですよ!」
「さっき元気に俺に関節技かけてただろ!?」
「そりゃ先輩に技を極めるためなら痛みくらい我慢します!」
「俺に技を極めるのにどんだけ情熱かけてんだ!」
ツッコミを入れながら、日向はユイの腕を取った。あくまでもマイペースな少女の手を引いて走り出す。ユイは今度もやっぱりちょっと文句を言ったが、それでも隣りを走った。雨の中を、ふたりで全力で。




心地よく降り注ぐ雨に濡れて走った。頑是無い子供みたいに、歓声を上げた。バカみたいに笑った。




後悔ばかりの人生だった。やり残したことなんて数え切れない。やり直したいこともたくさんある。でもそれはもう叶わない。きっと、他の誰かが見れば、愚かな、あるいは悲しい生き様だったと嘆くだろう。それを否定することはできない。
けれど、最後にたどり着いたここで出会って、降り注ぐ雨にふたりで濡れた。雨が気持ちよいものだと思い出した。バカみたいに笑った。手を繋いで走った。触れ合った温もりのあたたかさを感じた。
確かに人が見れば哀れな人生だったかもしれない。
それでもその最後で、何でもない普通のことみたいに、それでもまるで奇跡のように、ここに二人で、いた。それだけで、ここまで生きてきた自分の人生を、祝福できる。
だから走り出せる、と思う。また、次の幸せに向かって。