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晩夏の夢

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切なげになく蜩の声で目がさめる。ぼんやりとした視界がどんどん鮮明になって、染みの浮いた天井が見えた。寝返りを打つように体を倒すと、締めるのを忘れた障子から冷やかな風が入ってくる。秋を目前とした季節がら、夕方は蟲の声であたりはうるさいほどににぎやかだが、薄着では些かに寒い。障子は手を伸ばせば締めることができたが、庭にある気配に気がついたのでシカマルは再び目を閉じる。それに深い意味があったわけではないが、目を閉じていると小さな足音が障子のそばまでやってきたので、今度は起きることをやめた。

「なんだ、こんなとこで寝てたのかよ。」

縁に上る足音を立てながらナルトは小さい声で呟いた。涼やかな風が外すのを忘れていた風鈴を鳴らし、それですらも物悲しく聞こえてしまうから不思議だ。
夕日できっと赤く彩られているだろう色のないナルトをシカマルは思い浮かべる。
すぐに通り過ぎていくだろうと思っていたのでシカマルはそのまま動かずにいたのだけれど、どういうわけか障子の前で立ち止まったナルトは微動だにしなかった。じっと見つめる視線を感じるが、ここで起きてしまえば不自然だろうと、シカマルはタヌキ寝入りを続けることにする。奇妙な沈黙は、秋の虫たちが奏でる声でうずめられていた。もうすぐそこに秋が佇んでいる。
カナカナカナとなく蜩の声が遠くのような、近くのようなところで響くのを何とも言えないような気持ちで聞きながら目を閉じていると、立ったままだったナルトが屈むような気配がした。
ん?と内心でシカマルは首を傾ける。ナルトのまとう気配に物騒なものが全くと言っていいほど見受けられなかったので、力を入れたりすることはなかったが、ここまで近くによることなんてめったにないのでシカマルはすこしだけびっくりした。そして、ナルトの吐いた言葉に、また少しだけシカマルはびっくりした。

「こんなところで寝てたら風邪、ひくぞ。」

返答を求めていないような声音ではあったものの、気遣うような言葉は初めてだったからだ。
顔でも覗き込んでいるのだろうか、小さく呼吸をする音すら聞こえて、思っていたよりも近くにある気配にことさらシカマルはびっくりする。
声音も平時じゃ聞いたことのない柔らかなものだったりするから、内心でシカマルは少々うろたえた。こんな風にしゃべれるんだな、という当り前であろうことをぼんやりと思った。
冷たい風が頬をなでる、ナルトは少しだけ背後を振り返り、夕暮れから夜へと変化していく空を見やった。
シカマルが、ぜってー起き上れねーよ、と違うところでひやひやしていると、ナルトはぼんやりとした幼さの残る声音で呟いた。

「お前はどうして、こんなところに来ちまったんだろうな。」

穏やかな風にまぎれてしまうくらいに静かな声だった。それを聞いたシカマルが、え、とこれまた内心でうろたえていると、ナルトの小さい、まだ成長しきれていない手がシカマルのむき出しになった額に触れた。ナルトの意図することがさっぱりわからないシカマルは、とりあえず危害を加える様子もないからと、そのままにしておくと、柔らかで温かいその手は、こいつはそういえば体温高かったな、とシカマルに懐かしい過去を思い出させる。ひどくやさしく額をなでる手は、寝汗の浮いた生え際をなぞり、眉間を滑るとすぐに離れた。
その数秒にも満たない時間がひどく長く感じて、シカマルはことさら不自然でないように息を整える。とりあえずタヌキ寝入りがばれてしまわないように。
ナルトはしばらく屈んだままシカマルの顔を眺めていたようだったが、何分かの後(もしくは数秒の後)今度は何も言わず、ゆっくりと立ち上がり、障子を閉めた。
何かを考えるかのように障子の向こう側で立ち止まっているような気配もしたが、それはあっという間で、その後ナルトはまた庭に下り、それからどこかへと気配が掻き消えた。


ようやくナルトの気配が完全に消えるのを見越してから、シカマルは目を開けた。また寝返りを打ち染みの浮いた天井を見上げる。
ナルトの考えていたことはよくは分からないが、にじみ出るようなさみしさばかりが漂って、おぼつかないような心地にさせる、不思議な感触だった。
(まだ、ガキなんだよなぁ、あいつ。)
ふと、手のあまりの小ささを思い出しながらシカマルは思った。当り前であったのだけれど、どういうわけか失念していた自分にシカマルは苦笑を浮かべる。
普段の大人ぶった、あるいはそうせざるをえなかったナルトの心情を考えて、どうしようもないやるせなさに口の中が苦くなった。
放り投げていた手を、ナルトが触れた額に乗せる。そのまま腕を下げて目を覆った。
多分、アイツは物分りが良すぎるだけなんだと、シカマルは思う。
(だから、多分)
初めて会った日に火影はナルトをよろしく頼むと言っていた。それは、どうしようもなく柔らかで、小さな手を持ったナルトのことをどうか、という親にも似た気持ちからだったのかもしれないとシカマルは思いなおす。第一、自分が見てきた三代目はとてもナルトに優しかったのだ、それが嘘ばかりだったとは限らない。
三代目がナルトをこんな風にしてしまったことをひどく悔やんでいるのだろうということは、シカマルにも分かっていた。ナルトを扱う態度からそれはにじみ出ていたし、きっと敏いナルトのことだ、気づいているに違いないだろう。だからこそ、できてしまった溝があるんじゃなかろうか。敏すぎるナルトだから、あるいは、里を治めるべき立場の火影であるのだから。
(不器用なんだろうな、あの人に似て)
シカマルは火影の眉尻を下げた笑いを思い出して溜息を吐いた。

ひどく穏やかな晩夏の風には似合わない苦さを残して、障子の向こう側で風鈴が鳴った。
随分部屋の中は暗くなってしまっていたが、相変わらず眠気が思考を鈍らせるので、もう一度だけ寝返りを打つ。
欠伸を噛み殺していると、眠気が待っていましたとばかりにやってくるので今度こそ深い眠りに苛まれて、瞳を閉じた。
思考がだんだんとおぼつかなくなっていく中、ナルトの手の感触を思い出していたシカマルは、もっとうまく行けばいいんだけどなと、そんなどうしようもないことを願っていた。


作品名:晩夏の夢 作家名:poco