ハロウィンの君と僕
「成歩堂」
「ん?」
閉廷後。廊下の歩く僕に、御剣が声を掛けてきた。
「何だよ、みつる……」
「これをやろう」
かさ、と、何かを押し付けられた。見ると、この近所にあるコンビニの袋だった。
「いや、やろう、って言われても。どうしたんだよコレ」
「いいから開けてみろ」
謎の圧力。というか眼力。僕は仕方なく、その白い袋を開けた。
中身に入っていたのは、飴の大きな袋だった。“紅茶キャンディ”、というものらしい。その封を切ると、また小袋で飴が一個一個入っていた。ひん剥きにひん剥いてたどり着いた飴本体は、澄んだ赤色をしていた。
「何だよ。お前が食べ物寄越すなんて珍しいな」
というか、モノを寄越す事自体珍しい。今まで手渡されたものといえば、事務的な書類とか、プレゼントするのに買ったガムの領収書とか(アイツの私用なのに)、その程度だ。
それがどうして、突然飴なんか……?
御剣は法廷で浮かべるような、あの何とも言えない笑みを浮かべると、
「菓子は渡したからな」
と、言った。
……え? いや、その……どういう意味だ?
僕の心を読んだのか、御剣はますますキザったらしく笑った。
「菓子を渡したのだ。なら悪戯はしないことだ。成歩堂」
えーと……ど、どういう意味だろう。まずい、冷や汗出てきた。
流石の御剣も、なんというか、今度は驚いたような、困ったような顔をした。
「……成歩堂。君はもしかして、ハロウィンを知らないのか?」
……はろうぃん? そういや、何か英語の授業とかで習った事があったような、なかったような……いまいちぴんとこない。
「フッ。少しは海外にも目を向けることだ、弁護人」
そう言って、御剣はヤレヤレと首を竦めた。……悪かったな。
「てっきり君のことだから、《Trick or treat》にかこつけて悪戯でもしにくると思ったのだが。菓子を渡して専制するまでもなかったな」
「待て御剣、何だよ、そのトゥリ……ナントカって」
「《トリック オア トリート》、だ」
きっちり日本語発音で言い直された。
「訳すなら、《お菓子か悪戯か》という所だな。そう言って仮装した子ども達が家々を巡るわけだ。そうして子ども達を招きいれた方は菓子を渡す、と、こういう具合だ」
「いや、それは知ってるけど」
「なら解っただろう。私は君に菓子を渡した。ならお前はもう私に悪戯する意味がない。そういうことだ」
そう言って御剣は胸を張り、
「……さらばだ、成歩堂。悪戯など考えないことだ」
と、勝手に自己完結して、去って行った。
……いやいやいや、ちょっと待て御剣。
アイツにとって、僕はそういう存在……なのか? そんな、悪戯ばっかりするような、中年のおじさんみたいな……!?
いや、確かに御剣は可愛い。可愛いから、確かにちょっとくらいは悪戯みたいなことをしたかもしれない。でも僕が、そんなかこつけたようなことをすると思い込まれてるなら……
「これはちょっと、……期待に応えないとな」
思い込まれているなら、そう、実際にそういう風にしてやればいい!
生憎僕はお菓子なんかじゃお腹は膨れないんだ。僕にとって、お菓子みたいに美味しいのは、御剣だけなんだから。
「さーて、どうしようかな……」
とりあえず、この紅茶キャンディのお礼を買いに行こう。お菓子でもいいし、もっと別な物でもいい。
そして僕は、君の家に乗り込むんだ。
わざわざ僕に悪戯の事を教えてくれた君に。とっておきのプレゼントを添えて。
「トリック オア トリート!」
……ってね。