Bless
そもそも自分達が生まれた頃のことは随分昔のことで、鮮明には覚えていない。昔は、長く厳しい冬を乗り切ることが出来たのなら、それだけで奇跡でめでたいことだったのだ。
誕生日というのは最近の習慣で、慣れていないいうのもある。
だから、ノルウェーはなにも用意をしていなかった。
更になんの因果か、今日に限って国内での会議が長引き、店に寄る余裕もない。ノルウェーは寄り道することもできず、デンマークの家へと急がなければならくなった。
携帯を取り出して、ボタンを押す。
呼び出し音を二度も聞かない内に、電話は繋がった。『ノル、仕事終わったっぺ?』と、デンマークの声はいつもより賑やかでご機嫌だ。スウェーデンやフィンランド、きっとアイスランドももうあっちに着いているだろうから、酒が入っているのだろう。
「あんこ」
早足に町を歩きながら、ノルウェーは静かに呼んだ。
「あんこ、誕生日とかいうのはよう分がらん」
デンマークはなにも返事をしなかった。首を傾げてるかもしれないというのは、ノルウェーの勘だが、きっと当たっているだろう。デンマークはやけに子供っぽい仕草を今でもする。
そんな様を思い浮かべながら、ノルウェーは息を吸い込んで言った。
「でも、……おめでとう」
数瞬のあと明るい声が返ってきた。『おう、ありがとな!ノル』
ノルウェーは、なにも言わずに携帯をきった。
ずるずると空港のロビーの椅子に座り込んで、息を深くつく。
俯いたままいたら、喉の奥から、くつくつと笑い声が上がってきた。
「おめでとう」の一言だけで、あんな風に喜んでくれる。デンマークは、いつどんな風に祝福しても同じように「ありがとう」というだろう。でも、今日のは違った。長年一緒に居たから分かるのだ。驚いたのか、少し間を置いてからのデンマークの「ありがとう」の響きはやたら柔らかかった。とてつもなく愛しい「ありがとう」だった。