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メロウ・パラダイスロスト

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平和島兄弟は仲が良い。それはもう、傍目から見ると異常に思えるほど仲の良い兄弟だ。
男兄弟というのは一般的に、そんなにベタベタしないものだ。特に年齢が近いのならばなおさら。

静雄がいつも着ているバーテン服が、弟の幽から贈られたものだというのは周知の事実だ。静雄はそれに毎日身を包み、少しでもそれを誰かに傷つけられた日には烈火のごとく怒り狂う。そんなに大切なら、お世辞にもまっとうとは言えないこんな仕事に着てこなければいいのに、と思うのだが。



以前、静雄が体調を崩して仕事を休んだことがあった。静雄は、肉体こそ人間の域を超えて頑丈だが、体内の器官は必ずしもそうではない。風邪を引くことも、稀にだがある。
そのときも、「すんませんが休ませてください…」と心底申し訳なさそうに電話をかけてきた静雄の声は、酷く力なく気だるげなものだった。普段静雄は具合が悪くてもわりと無理をして仕事に臨むし、自分から休みを望むことはほとんどない。これは相当具合が悪いな、と感じたトムは、当然休暇にOKを出し、仕事を上がったあとで、適当に食料を買い込んで静雄の家を訪ねた。
ノックをしても返事がない。無駄かと思いつつドアノブをまわすと、抵抗なく開いた。無用心だな、もし何も知らない泥棒が入ってきたらどうするんだ、かわいそうだろ、目にも留まらぬ一発で瀕死に陥るであろう泥棒が。などと考えながら、中に入る。そのとき玄関に、静雄の靴以外の男ものの靴があることに気付いた。
「おーい静雄、生きてるかー?」
男の一人暮らしにしてはそれなりに綺麗にしてある静雄の家は、よくある1Kのボロアパートで、なけなしの廊下を歩けばすぐそこに居住スペースがある。ひょいっと覗き込むと、壁際のベッドに、縦に長い体を少し丸めるようにして眠る静雄と、その枕元に座り込んで無表情に闖入者を見上げる青年の姿があった。
道端の映画の広告やブラウン管越しで、あるいは書店に平積みされた雑誌の表紙で、幾度となく見ていた端正な顔。直に見ると、思っていた以上に、毎日顔を見合わせる部下に面差しが似通っていることに気付く。
「えっと確か、かすか君、だっけ? 静雄の弟の」
同僚の田中トムです、と簡単に名乗ると、静雄からトムのことは聞いているのだろう、黒髪の弟は小さく頷いた。
「いつも兄がお世話になっています」
小声で言って、平和島幽は軽く頭を下げた。いやこちらこそ、と返しながら、懇々と眠っているらしい静雄に近づく。そのときにようやく、力なく枕元に投げ出された静雄の手を、その弟が握っていることに気付いた。さすがに驚いて動きが止まる。
静雄は普段からよく弟のことを口にする。だから兄弟仲が良好だということはなんとなく知っていたが、二十歳を軽く超えた兄の手を握るほど仲が良い兄弟というのは正直、お目にかかったことがない。だが幽は平然と、それが当然のことであるように、兄と繋いだ手を離す素振りもない。
トムは仕方なく、そのあたりは見ない振りで静雄のベッドに近づき、起きる様子のない静雄の顔を見る。平素は白い顔が、今は少しだけ赤く、呼吸も荒い。
「静雄の様子は?」
「…熱はまだ高いですけど、さっき薬も飲んだので大丈夫だと思います。…起こしますか?」
やはり小声で、無表情のまま尋ねてくる。演技を生業としている人間の声が小さいはずはないので、おそらく兄を起こさないように気遣っているのだ。それに気付いていたトムは、首を横に振って「いんや」と答えた。
「よく寝てるし、別にいいべ。顔を見に来ただけだしな」
トムが言うと、弟はその澄んだ黒曜石のような瞳に、確かに安堵を滲ませていた。
その様子を見て、トムは買って来た食料だけを置いて早々に退散することにした。

次の日、全快した静雄に尋ねたところ、どうも昼頃に上がってきた熱に浮かされながら、夢うつつで弟に電話したところ、弟はすぐに駆けつけてきて、熱が下がるまで看病してくれたらしい。




「お前、弟と仲いいよな」
昼休憩にロッテリアに向かうべく歩いていた道すがら、ビルに大きく掲げられた映画のポスターにでかでかと羽島幽平が映っている。どうやら今夏放映予定の話題作の主演らしい。それを信号が変わるのを待ちながらぼんやりと見上げていた静雄に、思わずそんな声を掛けた。

「は?」
「だからお前んとこ、兄弟仲いいよなって」
「そスかね? そりゃ別に悪くはないですけど」
自覚はさほどないらしい。そうは言っても、今日も今日とて静雄は、暴力と罵声と怒号にまみれた仕事場に、バーテン服を着こなしていく。
静雄の、現代の若者が群れをなすこの池袋にあってすら頭一つ分飛びぬけた長身は、おそらく諸外国の成人男性の平均身長よりも高いものだ。その割りに、その体はいっそ呆れるほどに細い。そんな静雄の日本人離れした体型にぴったりと合うバーテン服は、大して頭を働かせずとも、オーダーメイドだろうという結論に行き着く。そのバーテン服を、弟は兄に相当数贈り、兄は日々それを着て、少しでも汚されるたびに激怒している。
それに、静雄が熱を出したあの日のあの、繋がれた手。
「あれか。弟さんがお前にかなり懐いてる感じなのか」
「…そう見えますか?」
「おー、まあな」
「はは、違うんすよ。そりゃそれなりに懐いてはくれてますけど」
どこかしら乾いた声で、静雄は言った。それに自虐的なものを感じて、トムは隣りの相方の顔を見上げる。頬にかかる金髪と、光を遮断するサングラスに邪魔されて、その表情を読むことはできなかった。
「俺が幽に、なんつーか、依存? してるんすよ」
「…いぞん?」
それはまた、ずいぶんと重い言葉が出たものだ。
「あいつ昔から頭良くて、俺が煮詰まってるときとか弱ってるときとか、寄ってきて俺に触ったりしてくれるから、俺はいっつもそれに縋っちゃって」
乾いた声だと感じたそれは、酷く暗い熱を孕んでざらついた声になっているのだと気付く。
人から外れた力を持ち怖れられる静雄に、擦り寄ってきては癒すように触れてくれる存在。それは静雄にとって、どれほどの光を放つものなのだろう。
相変わらず静雄の視線は、信号機の向こう側のビルに張られたポスターに注がれている。そこでは端正な顔をした彼の弟が、嫌味にならない程度の薄笑いを浮かべて、こちらに手を差し伸べていた。
「俺が、どうしようもなく、幽がすきなんです」
熱を孕んでざらついた声が紡いだのは、いっそ稚拙だと感じるほどに、平淡な好意の言葉だった。それは凶暴なほどに純粋で、そして昏い、聞くものに傷を残すような言葉だった。

永遠にこのまま時が止まってしまうのではないかと思ったのはトムの勝手な主観で、長く赤のままだった信号がようやく青に変わった。静雄は、今交わしていた会話の重さなど感じさせない、普段どおりの足取りで歩み始める。
そして、動き始めた群集の中でただ一人止まってしまったトムを振り返る。
「どうしたんすかトムさん、行きましょうよ」
さも不思議そうな静雄の声がする。静雄はとうに、いつもどおりの二人の日常に戻っているのだ。
「…ああ、悪い」
ようやくトムも、静雄から一歩遅れて信号を渡り始めた。まっすぐに歩く、静雄の後姿を追う。