想う心
想う心
バレンタイン。
現世の祭りだが、尸魂界でももちろんお祭り騒ぎである。
そんな中、日番谷の机の上に一枚のメモが置かれてあった。
見た瞬間、日番谷の額に青筋が立つ。
内容はこうだ。
『世の中で一番甘くて甘くないチョコをお渡しします。来るまで仕事をサボるので王子様は早く迎えにきてください。』
キスマークまであるのだからどう考えたって書いたのは乱菊だ。
しかもぬけぬけと来るまで仕事をサボるという。
身体がだるくて重い。
なのにこんな手紙を残されてはいらいらもするのは当たり前であろう。
別に普段から乱菊のサボり癖のせいで一人で仕事を終わらせるのには慣れているのだが。
イライラ半分、たまには真面目に仕事しろと怒鳴りつけてやろうと日番谷は指示された部屋に向かった。
そこは四番隊の救護詰所の一室。
庭が美しい安らげる部屋だ。
日番谷がそこを訪れてみると誰もいなかった。
更に日番谷の額に青筋が浮かぶ。
眉間のしわもかなり深い。
それでも怒りをこらえながら日番谷は目的の人物の名前を呼ぶ。
「松本!いるんだろう!出て来い!出てきてさっさと仕事を………」
そのときだった。
天井から部屋全体にばっさりと布が落ちてきた。
それは日番谷を覆って部屋全体に敷き詰められる。
「このっ………!」
日番谷は刀を抜くと思いっきり布を切った。
そして纏わりつく布を引っぺがす。
そのときだった。
「隊長………」
艶の入った声が背後からするなり、日番谷は後ろからぎゅっと抱きしめられた。
乱菊だ。
日番谷は振り返った。
「いつまで悪ふざけし………」
しかし言葉は全て言えなかった。
何故なら唇が柔らかいものでふさがれてしまったからだ。
そして何やら丸いものが喉の奥の手前まで押し入れられる。
喉が詰まって、反射的に日番谷は咳き込んで飲み込まされかけたものを口の中で戻して噛み割ってしまった。
すると口の中にチョコレートの甘い香りと酒の香りが一気に漂った。
あまりの事に絶句する。
そんな彼の前に、今度こそは乱菊がその姿を見せた。
「たーいちょ♪」
雰囲気もいつもの彼女に戻っている。
彼女は悪戯っぽく笑った。
「ちょっと趣向を凝らしてみたんですけど、いかがでしたか?」
その言葉に日番谷ははっと我に返ると、ここが四番隊救護詰所だと言う事も忘れて、思いっきり叫んだ。
「松本――――っっ!」
だが。
その瞬間、ぐらっと目が回った。
それを乱菊が支える。
彼女は笑いを含んだ声で明るく日番谷に話しかけてきた。
「もしかして隊長、ウィスキーボンボン一個で酔っ払っちゃいました?」
「そんな訳……」
抗議しかける日番谷に乱菊は手に持った洋酒のボトルの中の酒を口に含むと、再び彼の口をふさいだ。
酒が喉を流れていく。
もがいても単純な力では乱菊のほうが強い。
何度も何度も酒を日番谷の口に含ませる。
その度に日番谷の身体がぐらぐらする。
とうとう彼はぐったりと乱菊に身を任せた。
何が起こっているか分からない。
身体が異様に熱い。
頬が高潮し、呼吸も苦しい。
日番谷はそのまま意識を飛ばした。
一方。
乱菊は心の中でガッツポーズを取った。
気難しい彼が乱菊の死覇装を幼子のように握っている。
寝顔も歳相応にあどけない。
こーゆー日番谷が見たくて見たくて仕方がなかったのだ。
「んー……」
猫のように目をこすって必死で起きようとするも、睡魔には勝てないらしく再び寝入る。
可愛い。
可愛いとしかいえない。
ただ。
少しだけ乱菊は心に痛みを感じる。
何故なら彼は……
いつも隙をみせてくれないから。
誰にも気を許さないかのように、常に気難しい顔をしている。
それは幼くして隊長になったからなのか。
いつも気を張り詰めている。
それがどこか痛ましかった。
ゆっくりしていいのに。
もっとゆっくりして安心してくれても良いのに。
もっとも。
だからこそ、こんな強引な方法を取ったのだが。
ふと、扉の方に人の気配がする。
それは四番隊副隊長の勇音だった。
乱菊は彼女に目配せした。
勇音は頷いた。
「ん………」
日番谷が軽く呻いた。
目を開くと真っ白い天井が見えた。
「ここは……」
「四番隊救護詰所ですよ。」
聞き覚えのある柔らかい声。
横を見ると傍には卯ノ花がいた。
「卯ノ花……隊長……?」
日番谷は訳が分からないとでもいうように眉を顰める。
卯ノ花は微笑むと日番谷の額にそっと手をやった。
温かい手が彼の額に触れる。
「熱はひいたようですね。」
「熱?」
日番谷はきょとんとした。
「微熱がありましたよ。」
言いながらやんわり卯ノ花は穏やかな笑みを浮かべて続けた。
「このところ日番谷隊長が咳き込んでいると松本副隊長が心配されていましたので薬酒を渡したのですが、それがよく効いたようですね。」
「薬酒……って松本が……」
そこまで言って、はっとしたように日番谷がカッと赤くなった。
するとくすくすと卯ノ花が笑う。
「とても悪ふざけが楽しそうで私も楽しく拝見しました。」
「う、卯ノ花隊長!」
日番谷がいつになく狼狽する。
卯ノ花は更にくすくす笑う。
それが更に日番谷を狼狽させる。
とうとう日番谷は布団をかぶって丸くなってしまった。
顔が火照るのが分かる。
熱のせいでも薬酒のせいでもないのは分かっている。
乱菊の柔らかい唇を思い出してしまう。
それを卯ノ花に指摘されるのがこの上なく恥ずかしい。
「ふう……」
隣でため息が聞こえた。
そして布団が少しだけ剥がれる。
「日番谷隊長。」
その声の厳しさに日番谷は卯ノ花の顔を見返した。
卯ノ花は厳しい真顔で日番谷を見据えていた。
日番谷は息を飲む。
卯ノ花は言葉を続けた。
「でもそれもこれも貴方が全て悪いんですよ。」
「俺が……?」
気圧されるように日番谷が息を飲む。
卯ノ花がため息をついた。
「貴方は無理ばかりしてここに来ないでしょう?松本副隊長にも今回調子が悪い事は何度も指摘されていたはずです。それでも貴方はいらっしゃいませんでしたね。」
「っ………。」
「もう少し自分の体調に気をつけるのも隊長としての役目ではないでしょうか?あまりにもいう事を聞かないからお仕置きされるんです。」
日番谷はため息をついた。
確かに重たかった身体は軽くなっていた。
卯ノ花はいくつもの丸いチョコレートを皿に盛って日番谷に差し出した。
「チョコレートに薬酒を混ぜた、四番隊特製のお菓子ですよ。今日はバレンタインなのだから特別仕様で支払いは松本副隊長がもっています。有難くいただいて体調を治してくださいね。」
「分かりました………。」
日番谷はため息をついた。
勝てない。
乱菊にも卯ノ花にも。
だが愛されているのは分かる。
彼はため息をついてチョコレートを一つ口にした。
隊舎に戻ると乱菊が日番谷の帰りを待っていた。
日番谷はチョコレートを見せると赤くなったまま、ぼそりと呟いた。
「有難う、松本。」
「どう致しまして。」
乱菊は全てを分かっているかのように、にっこり笑った。
そして外では雪が深々とやわらかい結晶を大地に湿らせていた。 (終わり)
コメント
乱菊&日番谷本、「百合咲く庭」の内の一つです。
バレンタイン。
現世の祭りだが、尸魂界でももちろんお祭り騒ぎである。
そんな中、日番谷の机の上に一枚のメモが置かれてあった。
見た瞬間、日番谷の額に青筋が立つ。
内容はこうだ。
『世の中で一番甘くて甘くないチョコをお渡しします。来るまで仕事をサボるので王子様は早く迎えにきてください。』
キスマークまであるのだからどう考えたって書いたのは乱菊だ。
しかもぬけぬけと来るまで仕事をサボるという。
身体がだるくて重い。
なのにこんな手紙を残されてはいらいらもするのは当たり前であろう。
別に普段から乱菊のサボり癖のせいで一人で仕事を終わらせるのには慣れているのだが。
イライラ半分、たまには真面目に仕事しろと怒鳴りつけてやろうと日番谷は指示された部屋に向かった。
そこは四番隊の救護詰所の一室。
庭が美しい安らげる部屋だ。
日番谷がそこを訪れてみると誰もいなかった。
更に日番谷の額に青筋が浮かぶ。
眉間のしわもかなり深い。
それでも怒りをこらえながら日番谷は目的の人物の名前を呼ぶ。
「松本!いるんだろう!出て来い!出てきてさっさと仕事を………」
そのときだった。
天井から部屋全体にばっさりと布が落ちてきた。
それは日番谷を覆って部屋全体に敷き詰められる。
「このっ………!」
日番谷は刀を抜くと思いっきり布を切った。
そして纏わりつく布を引っぺがす。
そのときだった。
「隊長………」
艶の入った声が背後からするなり、日番谷は後ろからぎゅっと抱きしめられた。
乱菊だ。
日番谷は振り返った。
「いつまで悪ふざけし………」
しかし言葉は全て言えなかった。
何故なら唇が柔らかいものでふさがれてしまったからだ。
そして何やら丸いものが喉の奥の手前まで押し入れられる。
喉が詰まって、反射的に日番谷は咳き込んで飲み込まされかけたものを口の中で戻して噛み割ってしまった。
すると口の中にチョコレートの甘い香りと酒の香りが一気に漂った。
あまりの事に絶句する。
そんな彼の前に、今度こそは乱菊がその姿を見せた。
「たーいちょ♪」
雰囲気もいつもの彼女に戻っている。
彼女は悪戯っぽく笑った。
「ちょっと趣向を凝らしてみたんですけど、いかがでしたか?」
その言葉に日番谷ははっと我に返ると、ここが四番隊救護詰所だと言う事も忘れて、思いっきり叫んだ。
「松本――――っっ!」
だが。
その瞬間、ぐらっと目が回った。
それを乱菊が支える。
彼女は笑いを含んだ声で明るく日番谷に話しかけてきた。
「もしかして隊長、ウィスキーボンボン一個で酔っ払っちゃいました?」
「そんな訳……」
抗議しかける日番谷に乱菊は手に持った洋酒のボトルの中の酒を口に含むと、再び彼の口をふさいだ。
酒が喉を流れていく。
もがいても単純な力では乱菊のほうが強い。
何度も何度も酒を日番谷の口に含ませる。
その度に日番谷の身体がぐらぐらする。
とうとう彼はぐったりと乱菊に身を任せた。
何が起こっているか分からない。
身体が異様に熱い。
頬が高潮し、呼吸も苦しい。
日番谷はそのまま意識を飛ばした。
一方。
乱菊は心の中でガッツポーズを取った。
気難しい彼が乱菊の死覇装を幼子のように握っている。
寝顔も歳相応にあどけない。
こーゆー日番谷が見たくて見たくて仕方がなかったのだ。
「んー……」
猫のように目をこすって必死で起きようとするも、睡魔には勝てないらしく再び寝入る。
可愛い。
可愛いとしかいえない。
ただ。
少しだけ乱菊は心に痛みを感じる。
何故なら彼は……
いつも隙をみせてくれないから。
誰にも気を許さないかのように、常に気難しい顔をしている。
それは幼くして隊長になったからなのか。
いつも気を張り詰めている。
それがどこか痛ましかった。
ゆっくりしていいのに。
もっとゆっくりして安心してくれても良いのに。
もっとも。
だからこそ、こんな強引な方法を取ったのだが。
ふと、扉の方に人の気配がする。
それは四番隊副隊長の勇音だった。
乱菊は彼女に目配せした。
勇音は頷いた。
「ん………」
日番谷が軽く呻いた。
目を開くと真っ白い天井が見えた。
「ここは……」
「四番隊救護詰所ですよ。」
聞き覚えのある柔らかい声。
横を見ると傍には卯ノ花がいた。
「卯ノ花……隊長……?」
日番谷は訳が分からないとでもいうように眉を顰める。
卯ノ花は微笑むと日番谷の額にそっと手をやった。
温かい手が彼の額に触れる。
「熱はひいたようですね。」
「熱?」
日番谷はきょとんとした。
「微熱がありましたよ。」
言いながらやんわり卯ノ花は穏やかな笑みを浮かべて続けた。
「このところ日番谷隊長が咳き込んでいると松本副隊長が心配されていましたので薬酒を渡したのですが、それがよく効いたようですね。」
「薬酒……って松本が……」
そこまで言って、はっとしたように日番谷がカッと赤くなった。
するとくすくすと卯ノ花が笑う。
「とても悪ふざけが楽しそうで私も楽しく拝見しました。」
「う、卯ノ花隊長!」
日番谷がいつになく狼狽する。
卯ノ花は更にくすくす笑う。
それが更に日番谷を狼狽させる。
とうとう日番谷は布団をかぶって丸くなってしまった。
顔が火照るのが分かる。
熱のせいでも薬酒のせいでもないのは分かっている。
乱菊の柔らかい唇を思い出してしまう。
それを卯ノ花に指摘されるのがこの上なく恥ずかしい。
「ふう……」
隣でため息が聞こえた。
そして布団が少しだけ剥がれる。
「日番谷隊長。」
その声の厳しさに日番谷は卯ノ花の顔を見返した。
卯ノ花は厳しい真顔で日番谷を見据えていた。
日番谷は息を飲む。
卯ノ花は言葉を続けた。
「でもそれもこれも貴方が全て悪いんですよ。」
「俺が……?」
気圧されるように日番谷が息を飲む。
卯ノ花がため息をついた。
「貴方は無理ばかりしてここに来ないでしょう?松本副隊長にも今回調子が悪い事は何度も指摘されていたはずです。それでも貴方はいらっしゃいませんでしたね。」
「っ………。」
「もう少し自分の体調に気をつけるのも隊長としての役目ではないでしょうか?あまりにもいう事を聞かないからお仕置きされるんです。」
日番谷はため息をついた。
確かに重たかった身体は軽くなっていた。
卯ノ花はいくつもの丸いチョコレートを皿に盛って日番谷に差し出した。
「チョコレートに薬酒を混ぜた、四番隊特製のお菓子ですよ。今日はバレンタインなのだから特別仕様で支払いは松本副隊長がもっています。有難くいただいて体調を治してくださいね。」
「分かりました………。」
日番谷はため息をついた。
勝てない。
乱菊にも卯ノ花にも。
だが愛されているのは分かる。
彼はため息をついてチョコレートを一つ口にした。
隊舎に戻ると乱菊が日番谷の帰りを待っていた。
日番谷はチョコレートを見せると赤くなったまま、ぼそりと呟いた。
「有難う、松本。」
「どう致しまして。」
乱菊は全てを分かっているかのように、にっこり笑った。
そして外では雪が深々とやわらかい結晶を大地に湿らせていた。 (終わり)
コメント
乱菊&日番谷本、「百合咲く庭」の内の一つです。