どこまでもいっしょ
このお部屋にやって来てから、みんなでいっぱい、いっぱい思い出作りました。
さよならは始まりを告げる合図だけれど。
それでもやっぱり、悲しくなってしまいます。
ジュンは近所迷惑なのを考えずに熱唱するし、リッキーはテンションが上がったのかいきなり瓦割りを始めるし、スズキは空気を読まずに今年のノーベル賞について熱弁するし、ピエールはこの前の風水話の続きを語りまくっていた。
人の部屋、もとい猫の部屋だからってお構いなしにドンチャン騒いでいたそんな友人達が帰宅して、数時間が経った。「ったく騒がしい連中だったみャ」とぼやいていたクロも自分の部屋ではない事を良い事にワンカップを空けまくって騒いでいたのだが、反省しているのか一応明日の片付けにはトロを手伝うつもりらしい。
窓の外はすっかり暗くなり、時折明るくなるテレビさんの光がぼんやりと部屋を照らしていた。ついさっきまで「雑魚寝なんてしてると風邪引きますよ!」といつもの調子でトロとクロを心配していたようだったが、酒の勢いで眠ってしまった二匹の耳には届かなかった。
みャくしっ、と小さなくしゃみが漏れる。クロのものだ。
崩れた一張羅の蝶ネクタイを意識しながら体を起こし、瞬きを数回繰り返す。
部屋に置いてあるデジタル時計を確認すると、時刻はあと少しで11月11日になろうとしていた。
とりあえず一度自分の寝床へ帰ろうかとも思ったクロだったが、この部屋で過ごす時間が一秒でも惜しいと思う気持ちもあり、座りながら少し思案する。
そんな時だった。
「うう……」
横で眠っていたはずのトロの声。
いつの間にか、トロはクロに背を向け体を縮こまらせながら肩を震えさせていた。
「トロ? ……トロ!?」
慌ててクロがトロの肩を掴む。その様子に気付いたのか、テレビさんも「トロ!?」と言いながらびっくりした顔を画面に映し出した。
「クロ……テレビさん……」
「ど、どうしたみャ? お腹でも壊したかみャ?」
いつから泣いていたのか、トロの目は真っ赤に充血し、顔中が涙で濡れていた。
「あのね……やっぱり、やっぱりこのお部屋とお別れするのは寂しいのニャ。ごめんねクロ……。笑顔でお別れするって約束したのに……トロ、トロ、約束破っちゃって……」
悲しくて悲しくて苦しいと、そう言わんばかりにまたトロの目から涙が溢れる。
この部屋を離れるのが寂しくて泣いているのか、クロとの約束を守れそうになくて泣いているのか、もうトロ自身にもわからなくなっているようだった。
大声は上げないがうずくまって涙を流し続けるトロの隣で、クロは自分の鼻をごしごしと拭いた。くしゃみのせいで鼻水が出てしまったらしい。多分、そうだ。
困ったようにクロはテレビさんを見る。画面には、トロにつられて涙を流すテレビさんの映像が映っていた。テレビさんは何を言っていいのかわからず、クロを無言のまま見つめるだけだった。
「……トロ。大丈夫みャ。トロは笑顔でいるためにいっぱい頑張ったのみャ。オレっちとの約束なんて、それで十分だって」
「でも……でも……」
「それに、新しい場所に行ってもオレっちがいるのみャ」
「そうですよ、わたしもトロと一緒ですよ!」
「クロも、テレビさんも……」
きゅっとクロの腕が掴まれる。トロの白い手だった。
「クロ……これからもずっと、トロと一緒に居てくれる? トロと一緒に居て、トロステ続けてくれる?」
「もちろんみャ」
目尻を泣き腫らしたトロの頭を、クロがなでなでする。いつもはこんな事しないのに、今日だけは特別だ。
普段なら、誰かになでなでされたトロは「うにゃ~」と鳴きながらうっとりとした表情をするのだが、今日はクロだけでなくトロも特別のようで。おでこをクロの蝶ネクタイに擦り付け、またうずくまってしまった。
泣きやまないトロをなんとかしてあげたくて、クロは思わずトロを抱きしめた。
「皆が居るのみャ。今日だって来てくれただろ? ジュンも、リッキーも、スズキも、ピエールも。またトロの所に遊びに来るみャ。トロステだってこれからもずっと続くみャ……。あのプロデューサーが変な事言ったら、オレっちが殴り飛ばしてやるみャ」
その言葉が今のトロにとってどれだけ慰めになるのかわからなかったが。震えるトロに何の言葉も掛けないでいる事は、クロには出来なかった。
「寂しがる必要なんてないみャ。トロはオレっち達と……オレっちとずっと一緒みャ」
一層強く、抱きしめる。
ただそれだけだったが、泣き続けるトロの首が、こくんと小さく動いた。
(トロが人間になる日まで、オレっちはトロの傍にいてやるからみャ……だから安心するのみャ)
また鼻のあたりがツンとするのを感じ、クロは天井を仰いだ。
週刊トロ・ステーション開始まで
あと1日